「高次元と繋がる。」
スピリチュアルの世界では、ごく当たり前のように使われる言葉です。
では、その「高次元」とは何でしょうか。
まず、「次元」という言葉そのものから考えてみます。
私たちが暮らす世界は、縦・横・高さを持つ三次元空間として認識されています。
平面は二次元です。
では、私たちは二次元を見て、「低次元だから劣っている」と考えるでしょうか。
おそらく、そうは考えません。
設計図、地図、写真、イラスト。
どれも二次元ですが、それぞれに役割があり、価値があります。
つまり、本来の「次元」とは、区別であって序列ではない、という前提から出発できそうです。
ここでは話を分かりやすくするために、「高次元」を仮に五次元として考えてみます。
数学や物理学では、次元とは独立した自由度が一つ増えることを意味します。
三次元に対して五次元なら、新たに二つの独立した軸が存在するはずです。
時間でしょうか。
感情でしょうか。
意識でしょうか。
面白いのは、これらはどれも、私たち三次元を生きる人間がすでに日常的に扱っている概念だという点です。
もし五次元が本当に三次元と質的に異なる世界だとしたら、その追加の軸は、私たちがまだ言葉を持っていない何かであるのかもしれません。
そう考えると、「高次元」という言葉で何を指そうとしているのか、私自身、まだうまく像を結べずにいます。
もしそうだとしたら、人はそれとどのように「繋がった」と判断するのでしょう。
さらに考えてみると、もう一つ気になることがあります。
「高次元」という言葉は、多くの場合、肯定的な意味で使われています。
高次元の存在。
高次元の意識。
高次元からのメッセージ。
一方で、「低次元」という言葉が同じように肯定的な文脈で使われる場面は、あまり見かけません。
これは良い悪いという話ではなく、
「なぜ『高次元』という言葉には、自然と肯定的な意味が重ねられるようになったのだろう」
という疑問が、私の中に残っています。
そのうえで、「高次元」が実際に何を指しているのかという解釈は、人によって驚くほど異なります。
神を指す人もいます。
天使を指す人もいます。
ハイヤーセルフ。
宇宙意識。
ご先祖様。
あるいは、まったく別の存在を思い浮かべる人もいます。
同じ言葉を使っていても、実は別々のものを指しているのかもしれません。
それでも、「高次元」という一つの言葉だけで、なんとなく理解し合えているような感覚が生まれることがあります。
私は、高次元という概念そのものを否定したいわけではありません。
むしろ、人がそれぞれの形でその言葉に意味を託していること自体は、自然なことだと思っています。
ただ、一つの言葉が十分に定義されないまま広く定着すると、人はその言葉に、それぞれ異なる意味を重ねたまま会話を続けることになります。
すると、いつの間にか言葉だけが独り歩きし、「何を指しているのか」という一番大切な問いが、置き去りになってしまうことがあります。
言葉が同じでも、その理解がお互いに乖離していると、そこに齟齬が生まれます。
だから私は、「高次元」という言葉を聞いたとき、まずその言葉が何を指しているのかを知りたくなります。
同じ言葉を使っていても、見ている景色は案外違うのかもしれません。