営業をしていると、こんな言葉を聞くことがあります。
「ニーズを作れ」
「興味がない相手に興味を持たせるのが営業だ」
「断られてからが営業だ」
もちろん、それが必要になる場面もあります。
実際、最初はまったく興味がなかった顧客が、営業マンとの会話をきっかけに商品を購入することもあります。
では、この営業マンはゼロからニーズを作ったのでしょうか?
ここは少し考えてみたいところです。
本人も気づいていなかった不満に気づかせた。
なんとなく感じていた不便を言語化した。
優先順位の低かった問題を、「今考えるべき問題」として認識してもらった。
知らなかった解決方法を提示した。
これらも営業現場では「ニーズを作った」と表現されることがあります。
でも厳密には、何もないところからニーズを生み出したというより、
もともと相手の中にあった小さなニーズを見つけ、顕在化させた
と考えることもできます。
0から1を作ったように見えて、実際には0.2や0.5だったものを見つけて、1まで引き上げている。
営業で行われている「ニーズ作り」の多くは、こちらに近いのではないでしょうか。
もちろん、本当に0に近い相手を動かす営業もあります。
必要性を感じていない。
困ってもいない。
欲しいとも思っていない。
そんな相手を会話だけで動かし、契約まで持っていく。
それができる営業マンは確かに強いと思います。
ただし、ここで別の疑問が出てきます。
それを営業の標準にする必要があるのでしょうか?
今回はストレートライン・システムの最後として、「どう売るか」から少し離れて、そもそも誰に営業するのか。
そこから考えてみたいと思います。
① そもそも「営業」って、どんな仕事でしょうか?
ここで一度、もっと根本的なところから考えてみましょう。
営業って、どんな仕事でしょうか?
商品を説明する仕事。
お客様を説得する仕事。
契約を取る仕事。
どれも間違いではありません。
でも、もし営業の仕事を、「目の前の人に商品を買わせること」と定義してしまうと、少しおかしなことが起こります。
商品を必要としていない人にも売らなければならない。
条件が合わない人にも売らなければならない。
断られても、説得して、切り返して、最後は契約まで持っていかなければならない。
そうなると営業力とは、「どれだけ難しい相手をひっくり返せるか」という話になってしまいます。
もちろん、難しい商談をひっくり返す営業マンは強いし、それが営業の面白さの一つでもあります。
ただ、それだけが営業の本質なのでしょうか。
僕は営業とは、
「自社の商品やサービスを必要とする可能性のある人を見つけ、その人が意思決定するために必要な情報と確信を作っていく仕事」
でもあると思っています。
そう考えると、「どう売るか」より前に一つの問いが出てきます。
「誰に売るのか?」です。
② 営業先を「○・△・×」で考えてみる
分かりやすく、営業先を○・△・×の3つに分けてみます。
○は、商品との適合性が高い人。
すでにニーズがあり、抱えている課題と商品が合っている。
こういう人には、必要な確信を作り、意思決定まで進んでもらう。
つまり、○ → ○です。
次に△何らかのニーズはあるけれど、本人がまだ気づいていない。
必要性は感じているけれど優先順位が低い。
あるいは、商品・会社・営業マンへの確信が足りない。
ここには営業が動かせる余地があります。
つまり、△ → ○です。
そして×そもそもニーズがない。
商品と抱えている問題が合っていない。
条件的にも対象にならない。
もちろん、ここから契約を取る営業マンもいます。
ただ、× → ○を「できる」と、× → ○を「前提にする」ことは違います。
もし会社が、「リストが悪くても売れ」「興味がないなら興味を作れ」
と、常に×を○にすることを営業マンへ要求しているなら、見直すべきなのは営業力だけではないかもしれません。
ターゲティング。
集客。
営業リスト。
商品と市場の適合性。
営業より前の工程に問題がある可能性もあります。
上流の設計ミスを、営業マンの能力と根性だけで埋める。
それを営業戦略の中心にしてしまうと、組織としてはかなり苦しくなります。
営業力で×を○にすることはある。
でも基本は、○を取りこぼさず、△の中から動かせるものを見つける。
では、その○や△を見つけたあと、営業マンは何をしているのでしょうか。
ここでストレートラインの話に戻ります。
③ 顧客は、商談中ずっと同じ場所にいるわけではない
○の顧客を見つけたからといって、そのまま売れるとは限りません。
最初はかなり興味を持っていた人でも、
「思ったより高いな」
「この会社、本当に大丈夫かな」
「この営業マン、信用できるかな」
そんな疑問ひとつで、○から△へ動くことがあります。
逆に△だった人が、
「それなら自分にも必要かもしれない」
「その条件なら問題なさそうだ」
と、○へ近づくこともあります。
つまり、○・△・×は固定されたラベルではありません。
顧客の位置は、商談の中で常に動いています。
ここまでの記事で扱ってきた「3つの確信」も、まさにその話でした。
商品への確信。
会社への確信。
営業マンへの確信。
それぞれが上がったり下がったりしながら、顧客の意思決定は揺れています。
これを、「浮動点」として考えるとストレートラインが分かりやすいと思っています。
今、この人はどこにいるのか。
何が原因でラインから外れたのか。
何があれば、もう一度前へ進めるのか。
それを読みながら、浮動する顧客を成約へ向かうラインに収めていく。
ここで、これまで見てきた技術が一つにつながります。
④ ストレートラインは「一本道」ではない
ストレートライン・システムという名前だけを見ると、
「最初から最後まで一直線に進める営業」
のように聞こえます。
でも実際の商談は、そんなに綺麗には進みません。
話が横道に逸れる。
急に不安が出る。
価格を見た瞬間に止まる。
逆に、ある一言で急に前のめりになることもあります。
だからストレートラインとは、会話を一直線に固定することではありません。
浮動する顧客の現在地を見ながら、必要な時にラインへ戻していく。
そのために、3つの確信で、どこが弱いのかを見る。
ラポールで、相手が本音を話せる状態を作る。
トナリティで、こちらの確信を伝える。
ルーピングで、必要な地点まで戻る。
これらはバラバラの営業テクニックではありません。
顧客の現在地を見て、次に何をすべきか判断するための道具です。
そう考えるとストレートラインは、「一本道」というより、営業全体を進めるためのナビゲーションに近いのかもしれません。
そしてここまで来ると、あの有名な質問も少し違って見えてきます。
⑤ 「このペンを売ってみろ」
映画『ウルフ・オブ・ウォールストリート』で有名になった、
「このペンを売ってみろ」
という問いがあります。
この問いに対してよくある答えは、「名前を書いてください」
とお願いして、相手がペンを持っていなければ、
「では、このペンが必要ですね」
とニーズを作るやり方です。
たしかに上手い。
需要をその場で発生させているように見えます。
でも、ここまでストレートラインについて考えてきたなら、その前に一つ考えたいことがあります。
「そのペンを、誰に売るんですか?」
普段からペンを使う人なのか。
筆記具にこだわりがある人なのか。
安いボールペンで十分な人なのか。
そもそもペンを使う生活をしていない人なのか。
同じペンでも、相手によって営業の難易度はまったく違います。
それなのに営業の話になると、なぜか「目の前の人に、どうやって売るか」
から始めてしまうことがあります。
もちろん、×を○に変えることができる営業マンもいます。
それは一つの能力です。
でも、営業の本質を「どんな相手にでも売れること」に置いてしまうと、少し違う。
営業とは魔法ではありません。
相手の中にある可能性を見つけ、確信がどこにあるのかを読み、必要なら会話を戻し、意思決定できるところまで進んでもらう。
だから「このペンを売ってみろ」と聞かれたら、僕ならまず考えます。
誰に売るのか。
そして、その人は今、◯や△または☓のどこにいるのか。
「どう売るか」は、そのあとです。
⑥ 営業とは、すべての×を○に変える仕事ではない
ここまでストレートライン・システムを見てきました。
3つの確信。
ラポールとトナリティ。
ルーピング。
一つずつ見ると違う営業テクニックに見えます。
でも、その根底にあるのは、顧客が今どこにいるのかを見るという発想です。
そもそもニーズがあるのか。
どの確信が足りないのか。
その不足は営業によって動かせるものなのか。
そして、まだ進むべき商談なのか。
営業マンはそれを見ながら、次の一手を選んでいます。
○を取りこぼさない。
△の中から動かせるものを見つける。
×には必要以上の時間を使わない。
そして商談が始まれば、顧客の確信は常に揺れ動く。
その浮動する点を見ながら、相手の本音を引き出し、確信を伝え、必要なら話を巻き戻します。
そして、また前へ進む。
その浮動する点を、成約へ向かう一本のラインへ収めていく。
それが、僕なりにこのシリーズを通して理解したStraight Line Systemです。
⑦ AIで「誰に売るか」と現在地を考えてみる
この考え方は、実際の商談を振り返る時にも使えます。
営業後に、「もっと押した方がよかったのかな」と考えるだけでは、原因はなかなか見えてきません。
そこでAIに、商談を少し引いた視点から整理してもらいます。
見るポイントは、この顧客は最初、○・△・×のどこにいたのか。
そして、商談の途中で、その位置がどう動いたのかです。
たとえば、こんな形で使えます。
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以下は顧客との商談内容です。
顧客心理を断定せず、複数の仮説として分析してください。
1.商談開始時点で、この顧客は○・△・×のどこに近かったと考えられるか
2.その根拠となる発言・反応を挙げる
3.商談中に顧客の位置が動いたと思われる場面を抽出する
4.商品・会社・営業マンの「3つの確信」のうち、どこが上がった/下がった可能性があるか
5.足りないものは営業によって動かせるものだったのか、条件不一致に近かったのか
6.もっと早い段階で確認できた質問を提案する
7.この商談は「○を取りこぼした」「△を動かし切れなかった」「そもそも×に近かった」のどれに近いか、複数の可能性を示す
8.次回同じタイプの顧客に対して、商談のどこを変えるべきか提案する
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AIに「この人は買う人ですか?」と答えを出してもらうのが目的ではありません。
どんなシグナルから、どんな仮説を立てられるのか。
そして、自分はそのシグナルを商談中に拾えていたのか。
そこを振り返るために使います。
顧客の現在地を読む。
位置が動いた瞬間に気づく。
まだ動かせるのか、追わない方がいいのかを判断する。
こうした暗黙的な判断も、いわゆる「営業センス」の一部なのかもしれません。
AIはその判断を代わりにするものではありません。
でも、無意識にやっていた判断を言葉にして、検証する相手にはなります。
おわりに ― 「どう売るか」の前に
『ウルフ・オブ・ウォールストリート』というと、
強烈なクロージングや巧みな話術をイメージする人も多いと思います。
でもストレートラインを一つずつ見ていくと、その根底にあるのはもっとシンプルです。
顧客の確信を見る。
相手が話せる関係を作る。
自分の確信を伝える。
反応を見て、必要なところへ戻る。
そして、そもそも営業するべき相手なのかを考える。
営業を「上手い言い回し」の集合として覚えるのではなく、顧客の現在地を見て、考えて、次の一手を選ぶ。
その方が、ずっと応用が利くはずです。
そして最後に、もう一度。
「このペンを売ってみろ」
あなたなら、誰に売りますか?