福祉の仕事をしていると、よく耳にする言葉がある。
「その人らしい暮らしを支える」
「その人らしさを大切にする」
もちろん、大切なことだと思う。
でも、そもそも「その人らしさ」って何だろう。
じゃあ、自分らしさって何?
そう聞かれると、これがなかなか難しい(笑)。
私自身、「あなたらしいね」と言われることがある。
「やっぱり?(笑)」と思うこともあれば、「えっ、誰のこと?」と思うこともある。
どちらも相手から見た私なのだろうけれど、どうやら私の知らない私もいるらしい(笑)。
承認にも、決めつけにもなる
「あの人らしいね」
この言葉、日常でもよく使う。
誰かが周囲を気遣う行動をしたとき、「あぁ、あの人らしいね」。
反対に、誰かが周囲と衝突したときにも、「あぁ、あの人らしいね」。
同じ言葉なのに、ずいぶん意味が違う。
そして、「あなたらしいね」と言われることで、自分を理解してもらえた、認めてもらえたとうれしく感じることもある。
他人から見た自分が、必ずしも間違っているわけではない。
自分では気づいていなかった一面を、誰かが教えてくれることだってある。
でも、同じ行動でも、見る人によって評価が違うこともある。
「自分の意見をしっかり持っている人」と言われることもあれば、「頑固な人」と言われることもある。
「周囲に気を配れる人」と言われることもあれば、「おせっかいな人」と言われることもある。
さて、どちらが本当のその人なんだろう。
その人らしさ、それともこちらの都合?
相談援助の仕事では、その人の生活歴や価値観、これまでの経験を知ることを大切にしてきた。
でも、知っていることと、理解していることは同じではない。
「あの人は、こういう人だから」
そう説明することで、私たちは納得してしまうことがある。
よい行動なら「その人らしい」と肯定的に受け止める。
困った行動なら「もともとそういう人だから」と説明する。
どちらも、その人の一面を見ているにすぎないのかもしれない。
そして、時にはその説明が、支援する側にとって都合のよい解釈になっていることもある。
「その人らしさ」だと思っているのか。
それとも、「その人らしさ」だと思いたいのか。
この違いは、案外大きい。
まずは少し疑ってみる
人は誰でも、自分の経験や価値観を通して物事を見ている。
もちろん、私もそう。
長く仕事をしてきたからといって、思い込みがなくなるわけではない。
むしろ、経験があるからこそ「こういう人だろう」と判断してしまうこともある。
経験は大切な財産。
でも、その経験が、自分の解釈を正当化する理由になってしまうこともある。
だから、時には少し疑ってみる。
「本当にそうなのかな?」
「違う見方もあるんじゃないかな?」
「そう思いたいのは、むしろ自分の方ではないかな?」
自分の判断を否定する必要はないし、疑ったからといって、必ず答えが見つかるわけでもない。
ただ、自分が見ているその人の姿が、その人のすべてではない。
そんなことは、頭ではわかっている。
でも、わかっていることと、できていることは別の話(笑)。
「その人らしさ」は、やっぱり難しい。