「最初は、もっとゆっくり話を聞いていた気がする」
新しく入居された利用者さん。
「どんな生活をしてきたんだろう」
「何が好きなんだろう」
「何に困っているんだろう」
まだその方のことをよく知らないため、私たちは自然と話を聞こうとします。
新しく介護の仕事を始めた職員も似ています。
最初の頃は、一つひとつの言葉や表情が気になり、利用者さんの話を一生懸命聞いていた。
ところが半年、1年と過ぎていくと、
「また同じ話だな」
「この方はいつもこうだから」
「今は忙しいから後で……」
そんなふうになってしまうことがあります。
では、これは「職員が冷たくなった」からなのでしょうか。
私は、それだけではないと思っています。
人には「慣れる」という仕組みがあります
心理学には**「馴化(じゅんか/habituation)」**という考え方があります。
同じ刺激を繰り返し経験することで、その刺激への反応が少しずつ小さくなっていく現象です。
例えば、最初は気になっていた時計の音が、しばらくすると気にならなくなる。
こうした「慣れ」は、人が毎日の膨大な情報を処理して生活していくために必要な仕組みでもあります。
介護現場でも、同じ環境で同じ利用者さんと毎日接しているうちに、「慣れ」は自然に生まれます。
最初は気になっていた小さな変化が、いつの間にか、
「いつものこと」
として処理されることもあります。
ただし、利用者さんの話を聞けなくなる理由を、すべて「慣れ」だけで説明することはできません。
「聞きたいけれど、聞けない」こともあります
介護職員は、一日の中で非常に多くのことを考えています。
食事、排泄、入浴、服薬、記録、ナースコール、事故予防、ご家族への対応、職員同士の連携……。
さらに、人手不足や急な対応が重なる日もあります。
利用者さんと話をしていても、
「次は○○さんのトイレ介助」
「薬の時間を確認しないと」
「記録がまだ終わっていない」
と、頭の中では次の仕事を考えていることがあります。
本当は話を聞きたい。
でも、ゆっくり聞けない。
医療・ケアの仕事では、継続的な業務負担やストレス、感情的な負担が蓄積することも知られています。
ですから、
「話を聞かなくなった職員=優しくない職員」
と単純に考えてしまうのも違うのではないでしょうか。
でも「また同じ話」の中に、大切なものがあるかもしれません
ここで、利用者さんの側から考えてみます。
私たちにとっては10回目の話でも、その方にとっては、
「今、誰かに聞いてほしい話」
なのかもしれません。
認知症のある方の場合、以前その話をしたこと自体を覚えていないこともあります。
また、繰り返される言葉の奥に、
「家に帰りたい」
「寂しい」
「不安だ」
「自分のことを分かってほしい」
という思いが隠れていることもあります。
認知症ケアで大切にされるパーソン・センタード・ケアでは、病気や症状だけを見るのではなく、その人自身、その人の人生や気持ちを理解することを大切にします。
利用者さんの話を聞くことは、単なる「会話」ではありません。
その人を知るためのケアの一つなのだと思います。
「もっと話を聞きなさい」だけでは変わらない
忙しい職員に、
「もっと利用者さんの話を聞いてください」
と言うだけでは、なかなか状況は変わりません。
本人だって、本当は聞きたいと思っているかもしれないからです。
だからこそ、
「聞けなくなったことを責める」のではなく、「どうしたらもう一度聞けるのか」を考える。
そんな視点が必要なのではないでしょうか。
例えば、
・1日5分だけ、その方と座って話してみる
・「今日○○さんがこんな話をしていた」と申し送りで共有する
・繰り返される話を「またか」で終わらせず、「なぜこの話をするのだろう?」と考えてみる
・利用者さんの生活歴を職員同士でもう一度確認してみる
大きなことを始めなくても構いません。
「初めて会った日の自分」を思い出してみる
そして、ときどき自分自身に問いかけてみたいと思います。
「この方に初めて会った日の私は、どんなふうに話を聞いていただろう?」
慣れること自体が悪いわけではありません。
長く関わってきたから分かる表情があります。
いつもと違うことに気づけるのも、長く関わっている職員だからこそです。
つまり、「慣れ」は介護の強みにもなります。
だからこそ、その慣れの中で、いつの間にか見えなくなっているものがないか、ときどき振り返ってみる。
「また同じ話」ではなく、
「今日も、この方にはこの話をしたい理由があるのかもしれない」
そんな見方を、忙しい介護現場の中でも少しずつ増やしていきたいですね。
ケアのよりどころ
介護現場で起きる「なぜ?」を、現場経験だけではなく、心理学・認知症ケア・研究などの視点も交えながら、できるだけ分かりやすくお伝えしていきます。
現場で働く方が「分かった」で終わらず、「明日、少しやってみよう」と思えるような情報をお届けできればと思います。
参考にした考え方・文献
本記事は、介護現場での経験に加え、以下の考え方・文献を参考に作成しています。
① Rankin CH, et al. (2009)
Habituation revisited: An updated and revised description of the behavioral characteristics of habituation.
Neurobiology of Learning and Memory, 92(2), 135–138.
→ 同じ刺激が繰り返されることで反応が低下していく「馴化(habituation)」についての基礎的な考え方。
② Kitwood T. (1997)
Dementia Reconsidered: The Person Comes First.
Open University Press.
→ 認知症のある方を「症状」だけで捉えず、その人自身を中心に考えるパーソン・センタード・ケアの代表的文献。
③ World Health Organization (2019)
Burn-out an “occupational phenomenon”: International Classification of Diseases.
→ 長期間にわたる職場のストレスが適切に対処されないことで生じるバーンアウトについてのWHOの考え方。
職員研修にも活用したい方へ
今回のような「なぜ、その行動が起こるのか?」を職員同士で考えることは、利用者様への見方や関わり方を振り返るきっかけになります。
「読むだけでなく、職員みんなで学びたい」
「施設内研修として取り上げたい」
という方に向けて、ケアのよりどころでは、認知症ケアを中心とした職員研修資料も作成しています。
現場で起こりやすい事例から、理由と対応方法を短時間で学べる内容にしています。
ご興味のある方は、プロフィールから出品中の研修資料をご覧ください。
関連する職員研修資料はこちら|30分でできる認知症ケア研修③「伝わる声かけ」