そのシート、どこを打てばいいんですか、と聞けませんでした

そのシート、どこを打てばいいんですか、と聞けませんでした

記事
ビジネス・マーケティング
以前、仕事でExcelのシートを一つ受け取ったことがあります。
開いてみて最初に思ったのは、これはどこを打てばいいんだろう、でした。
数字がびっしり並んでいます。合計らしき欄もあります。ただ、そのどれが自分で入れる数字で、どれが勝手に出てくる数字なのか、見ただけでは分かりませんでした。
適当なところをクリックすると、上のバーに長い式が表示されます。ああ、ここは触ってはいけないところなんだな、と分かる。でもそれは、クリックしてみて初めて分かることです。全部のセルを一つずつ確かめていくわけにもいきません。
そもそも私はExcelに慣れていません。だから、ちょっとしたはずみで数字を打ち間違えます。指が滑って、一桁多く入ってしまう。
問題は、そのあとでした。
打ち間違えた数字が、どこに響いているのかが分かりません。自分で作ったシートではないので、その欄がどこにつながっているのかを知らないんです。合計が変わったのかもしれないし、変わっていないのかもしれない。そもそも、ちゃんと反映されているのかどうかも分からない。
慌てて打ち直します。でも今度は、元に戻ったのかどうかが分かりません。見た目は打つ前と同じに見えます。でも同じに見えるだけで、本当に戻っているのかは確かめようがない。どこか自分の見ていない場所が、ずれたままかもしれない。
一番こわかったのはこれでした。間違えたこと自体ではなくて、間違いが直ったのかどうかを自分で確認できないことです。数式を消してしまっていたら、たぶんその場では気づきません。合計が少しずれたまま、そのまま出してしまう。
だから、手が止まりました。
そして、聞けませんでした。
どこを打てばいいんですか、と聞くのが、なんとなく恥ずかしかったんです。作った人にとっては当たり前のことを聞いている気がして。相手は忙しそうにしているし、こんな初歩的なことを聞いていいのかと思ってしまう。
今になって思うと、これは私の理解力の問題ではありませんでした。見た目に手がかりがなかっただけです。
作った人は、どこが入力欄かを知っています。どの数字がどこにつながっているかも、頭の中に入っている。だから印をつける必要を感じません。自分では毎回間違えずに打てるので、分かりにくいと気づく機会がない。悪気はまったくないんです。ただ、受け取った側からは、そこがまったく見えない。
この差は、口で説明しても埋まりません。一度教わっても、次に開いたときにはまた同じところで迷います。説明は残らないけれど、見た目は残るからです。
前に、このシートは私しか触れないんです、という話を書きました。あれは作った側から見た景色です。受け取る側から見ると、同じことがこう見えます。触っていいのか分からないから、触らない。触らないから、結局またその人にお願いすることになる。
どちらかが悪いわけではなくて、ただ、見た目に印がないだけなんです。
だから私は、打つ画面と、出来上がりの画面を分けるようにしています。
打つ画面には、打っていい欄しか置きません。触れる場所が、触れる場所だけになる。数式は画面の向こう側にあるので、消したくても消せません。だから、打ち間違えても打ち直せば本当に元に戻ります。戻ったかどうかを疑わなくて済みます。
打った数字がどこに出るのかも、隣の画面を見れば分かります。一桁多く入れてしまえば、出来上がりの側で目に見えて変わる。おかしいと、その場で気づけます。
こうすると、受け取った人は迷いません。開いて、空いているところを埋めるだけです。壊す心配がないから、誰にも聞かずに始められます。
どんな仕事でも、いつかは誰かに引き継ぐときが来ます。今は自分ひとりで問題なく回せていても、その日は必ず来ます。異動かもしれないし、休みかもしれないし、辞めるときかもしれない。
使いやすく整えておくというのは、その日のための備えでもあります。渡す相手が、開いて、迷わずに打てる。それだけで引き継ぎは半分終わっています。
それにもう一つ。整った形になっていることは、この先の土台にもなります。今はAIに仕事を手伝わせる話がどこでも出てきますが、任せるにも渡せる形になっている必要があります。どこが入力でどこが計算か、人が見て分からないものは、機械にも分かりません。使いやすくしておくことは、そのまま次の一歩の準備になります。
今すぐ困っていないなら、急ぐ必要はありません。ただ、次にそのシートを受け取るのは、あのときの私のような人かもしれません。開いて、どこを打てばいいのか分からずに、手を止める人です。そう思うと、少しずつでも整えておく理由はあると思っています。
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