「AIが何でも答えてくれる時代に、本を読む意味はあるのか。」
そんな疑問を持つ人もいるかもしれません。
分からないことがあればAIに聞けばいい。
文章も考えてくれる。
相談にも乗ってくれる。
そう考えると、人間が知識を身につける必要は、以前より少なくなったようにも見えます。
しかし、私はAIを使うようになって、逆にこう考えるようになりました。
**AIがあるからこそ、人間には知識が必要になる。**
ただし、その役割は以前とは少し変わりました。
読書で得られるのは、知識だけではない
私はAIを本格的に活用する少し前から、ビジネス書を読むようになりました。
特別な目的があったわけではありません。
YouTubeで「読むべき本」と紹介されているものを見て、興味を持った本を読んでいただけです。
その中でも、私の考え方に大きな影響を与えたのが、
『エッセンシャル思考』
『具体と抽象』
『イシューからはじめよ』
の3冊でした。
今振り返ると、この読書習慣はAIとの対話を大きく変えていました。
理由は、知識が増えたからではありません。
**物事を考えるための「思考の型」を知ることができたからです。**
例えば、『エッセンシャル思考』なら、本当に重要なことを選び、それ以外を捨てるという考え方があります。
『イシューからはじめよ』なら、「どう答えるか」ではなく、「何を問うべきか」を考えます。
『具体と抽象』なら、目の前の出来事だけでなく、その背景にある構造を見ます。
こうした考え方は、単なる知識ではありません。
問題を整理し、判断するためのフレームワークです。
私はこれを「思考の型」と呼んでいます。
AIにも、この型を使わせることができる
AIがなかった頃、この思考の型は自分の頭の中だけで使うものでした。
しかしAI時代では違います。
**この型を、そのままAIへ渡すことができます。**
例えば、
「この問題をイシュー思考で整理してください。」
「エッセンシャル思考を使って、優先することと、今はやらないことを分けてください。」
「具体と抽象を往復しながら、この問題を構造として考えてください。」
このように指示すれば、AIはその考え方に沿って問題を整理しようとします。
つまり、読書で得た思考の型は、自分だけが使うものではありません。
**AIにも意図的に使わせることができる**のです。
思考の型を指定すると、問いそのものが変わる
私が感じている違いを説明するため、ここでは副業をテーマにした仮想の対話例を使います。
例えば、AIに、
> 副業を始めたいのですが、何から手をつければよいでしょうか。
と相談するとします。
するとAIは、一般的な副業相談として、
* 自分の得意なことを整理する
* 需要のある分野を調べる
* 小さく始める
* 必要な知識を学ぶ
* 継続できる時間を確保する
といった観点から答えるでしょう。
どれも間違った内容ではありません。
しかし、選択肢が広いため、結局何を最優先にすればよいのか分からないままになることがあります。
そこで、使ってほしい思考の型を指定します。
> イシュー思考を使って、今もっとも答えを出す価値のある問いを一つに絞ってください。
> エッセンシャル思考を使って、今後三か月で優先することと、今はやらないことを分けてください。
> 判断材料は、使える時間、現在持っている経験、初期費用、収益化までの距離です。
このように指示すると、対話の焦点は、
「どの副業を始めるべきか」
ではなく、
「自分がすでに持っている経験の中で、最も早く他人に価値を提供できるものは何か」
へ移ります。
さらに、
「新しい分野を一から学ぶことより、すでに経験のある分野で、小さなサービスを一つ作る」
「複数のSNSや商品を同時に始めず、一つのサービスを公開することに集中する」
というように、優先することと、今はやらないことも分けやすくなります。
AIの回答が単に長くなったわけではありません。
考えるべき問いが、
「何を始めるか」
から、
「自分が今持っているものを、どう価値に変えるか」
へ変わっています。
もちろん、これは違いを分かりやすくするための仮想例であり、毎回このように明確な答えが得られるとは限りません。
それでも、使ってほしい思考の型を指定することで、AIとの対話の焦点を意図的に変えやすくなると、私は感じています。
読書は、AIの知識の地図を手に入れることでもある
私は、読書にはもう一つの意味があると考えています。
それは、自分の中に知識を蓄えることだけではありません。
**AIが持っている知識の「地図」を手に入れること**でもあります。
イシュー思考という考え方を知らなければ、
「イシュー思考で考えてください。」
とは指示できません。
エッセンシャル思考を知らなければ、
「何を優先し、何をやらないかも考えてください。」
という発想も出てきません。
AIは膨大な知識を持っています。
しかし、人間がその知識の存在を知らなければ、必要な場面で意図的に呼び出すことは難しいのです。
だから私は、AI時代になっても読書の価値は変わらないと思っています。
むしろ役割が広がったと感じています。
以前は、自分で考えるために本を読んでいました。
今は、それに加えて、
**AIにどう考えさせるかを決めるためにも、本を読む。**
そんな時代になったのではないでしょうか。
AI時代に、知識は不要にならない
ここで誤解してほしくないことがあります。
私は、「本の名前だけ覚えればよい」と言いたいわけではありません。
思考の型は、名前だけ知っていても十分ではありません。
だからこそ読書には価値があります。
本を読むことで、
その考え方がなぜ生まれたのか。
どんな場面で役立つのか。
どんな失敗を避けるための考え方なのか。
そこまで理解できるようになります。
その理解があるからこそ、AIに適切な指示を出せるようになります。
AIが考えてくれる時代になっても、人間の知識は不要になりません。
むしろ役割が変わりました。
これまでは、自分で答えを出すために知識を使っていました。
これからは、
AIに何を考えさせるかを決める。
AIとの対話の方向を決める。
そのためにも知識が必要になります。
AIがあるから、読書が不要になるのではありません。
AIがあるからこそ、読書で得た思考の型は、これまで以上に価値を持つ。
私は、そのように考えています。
次回は、もう一歩踏み込んだテーマを扱います。
思考の型をAIへ指定すれば、それだけで質の高い答えになるのでしょうか。
実は、そこにはもう一つ注意しなければならない点があります。