前回の記事では、読書で得た思考の型をAIに指定すると、回答の焦点を変えられると書きました。
たとえば、
「イシュー思考で考えてください」
「エッセンシャル思考で整理してください」
「具体と抽象を行き来しながら考えてください」
と指示すれば、AIの回答は変わります。
しかし、ここで一つ疑問が生まれます。
AIは、本当にその思考法を使えているのでしょうか。
思考法の名前に合った言葉を使い、それらしい文章を作っているだけかもしれません。
また、思考法の手順は使えていても、その判断を支える前提が間違っている可能性もあります。
AIが思考法を正しく使えているかを判断するには、少なくとも次の三段階で確認する必要があります。
1. 思考法の名前や言葉を使っているだけではないか
2. 思考法の手順を実際に使っているか
3. その判断に使った前提は妥当か
思考法らしい言葉を使うだけでは足りない
AIは、指定された思考法に合わせた文章を作ることができます。
「イシュー思考」と指定すれば、問い、論点、重要な問題といった言葉を使います。
「エッセンシャル思考」と指定すれば、優先順位、集中、捨てるといった言葉を使います。
「抽象化」と指定すれば、本質、構造、共通点といった言葉を使います。
そのため、読んだ側も、その思考法が使われているように感じます。
しかし、重要なのは言葉ではありません。
イシュー思考なら、本当に答える価値の高い問いが定められたのか。
エッセンシャル思考なら、実際に何かを減らしたり、捨てたりしたのか。
抽象化なら、別の場面にも使える共通構造が取り出されたのか。
思考法の名前に合った語彙が使われていることと、その思考法が機能していることは別です。
イシューを絞ったように見えて、問いを言い換えただけ
イシュー思考とは、考えるべき問いを明確にし、答えを出す価値の高い問題に集中する考え方です。
たとえば、転職について悩んでいる人がAIに、こう相談したとします。
「今の職場を辞めるべきか、イシュー思考で考えてください」
AIが、
「本当に考えるべきことは、今の職場を辞めるべきかどうかです」
と答えたとします。
一見すると、問いを整理したように見えます。
しかし、元の相談をほとんど言い換えていません。
イシューを設定したのではなく、相談者の悩みを繰り返しているだけです。
もう一段掘るなら、
「今の職場に残ったまま、現在の問題は改善できるのか」
「転職しなければ解決できない問題は何か」
「収入、人間関係、働き方のうち、判断を最も左右するものは何か」
といった問いを候補として出します。
その上で、
「最初に答えるべき問いは、今抱えている問題が、現在の職場に残ったまま改善できるかどうかである」
と一つに定めます。
問いを分解することと、最も答える価値のある問いを決めることも同じではありません。
AIが「イシュー」という言葉を使っていても、最初に答えるべき問いが絞られていなければ、イシュー思考を実践したとは言いにくいのです。
エッセンシャル思考では、何を捨てたかを見る
以下は、違いを説明するために単純化した仮想例です。
ある人が、
* 本業
* 副業
* 家族との時間
* 家事
* 運動
* 読書
* 資格の勉強
を、すべて続けたいと考えているとします。
AIにエッセンシャル思考で整理するよう頼んだとき、
「本業を効率化しましょう」
「副業は毎日少しずつ進めましょう」
「家族との時間も確保しましょう」
「運動や読書も継続しましょう」
と答えたなら、すべてが残っています。
どれも間違った助言ではありません。
しかし、これはエッセンシャル思考というより、時間管理や効率化の提案です。
一方で、
「今期は副業を優先し、資格の勉強は一時停止する」
「運動は成長ではなく健康維持を目的に、週二回へ固定する」
「読書は目的に直結するものだけに絞る」
と判断したなら、実際に取捨選択が行われています。
この場合、少なくともエッセンシャル思考の手順は使われています。
ただし、ここでもう一つ確認が必要です。
何を残し、何を捨てるかは、目的によって変わるからです。
副業を収入の柱にすることが目的なら、資格の優先順位は下がるかもしれません。
反対に、資格取得による転職が目的なら、資格の勉強を止める判断は逆になります。
家族との時間を最も大切にしたい時期なら、副業を増やすこと自体が目的に反する可能性もあります。
エッセンシャル思考が使われているかを見るには、
「何かを捨てたか」
だけではなく、
「何のために捨てたのか」
「その目的は誰が決めたのか」
まで確認する必要があります。
抽象化と言いながら、大きな言葉でまとめただけ
抽象化とは、複数の具体的な出来事から、共通する構造を取り出すことです。
情報を減らし、大きな言葉に置き換えるだけではありません。
たとえば、職場で次のような問題が続いているとします。
「人が足りない日に、いつもと同じ業務量を求められる」
「現場の状況を説明しても、管理者に理解されない」
「安全を優先して業務を減らすと、やる気がないと判断される」
これをAIが、
「組織におけるコミュニケーション不全です」
とまとめたとします。
言葉は抽象的になっています。
しかし、問題の構造はほとんど見えていません。
「コミュニケーション不全」という大きな言葉に丸めただけでは、何が共通しているのか、何を変えるべきなのかが分からないからです。
もう少し丁寧に抽象化するなら、
「現場の実行可能性より、予定や慣習が優先されている」
「判断する人と、実際に業務を行う人の情報量に差がある」
「安全を守るための調整が、消極的な行動として評価されている」
といった構造が見えてきます。
ここまで整理できれば、単なる人間関係の問題ではなく、意思決定の仕組みや評価基準の問題として考えられます。
抽象化によって重要なのは、言葉が難しくなることではありません。
別の出来事にも当てはめられる共通構造が見え、問題の捉え方や解決策が変わることです。
手順が正しくても、前提が正しいとは限らない
AIは、思考法の手順を正しく使うことがあります。
問いを分解し、重要な問いを選ぶ。
目的を置き、優先順位を決め、何かを捨てる。
複数の具体例から、共通する構造を取り出す。
ここまでできていれば、単なる言葉の模倣ではありません。
それでも、その判断を支える前提が妥当とは限りません。
相談文に目的が書かれていなければ、AIが目的を仮定することがあります。
過去の会話や保存された情報から、今回の相談文に書かれていない前提を持ち込むこともあります。
その情報が正しければ、毎回状況を説明する必要がなくなり、やり取りは速くなります。
しかし、過去の目標が今も最優先とは限りません。
以前は副業を優先していても、現在は家族や健康を優先したいかもしれません。
以前は必要なかった資格が、現在は転職の条件になっているかもしれません。
AIが持っている情報が事実として正しくても、今回の判断基準として使ってよいとは限らないのです。
AIが仮定を置くこと自体が問題なのではありません。
具体的な提案をするために、仮定が必要な場面もあります。
確認すべきなのは、
「どの前提から結論が導かれたのか」
「その前提は相談者が示したものなのか」
「その前提は現在も有効なのか」
という三点です。
知識は、AIを検証するためにも必要になる
読書で思考法を知る価値は、AIへの指示が上手くなることだけではありません。
AIの回答が、本当にその思考法に沿っているかを判断できるようになることにもあります。
イシュー思考を知らなければ、問いを言い換えただけの回答を見抜けません。
エッセンシャル思考を知らなければ、すべてを残した時間管理の助言を、正しいエッセンシャル思考だと思うかもしれません。
抽象化を理解していなければ、大きな言葉でまとめただけの回答を、本質的な分析だと受け取るかもしれません。
AIの最初の回答は、完成した答えではなく、一つの仮説として扱う必要があります。
思考法らしい言葉が使われているかだけでなく、手順が実行され、その判断が妥当な前提に基づいているかまで確認する。
必要であればAIに問い返し、回答を修正させます。
ただし、どの前提を採用し、どの回答を使うかを決めるのは人間です。
AIに考えることを任せるのではなく、AIを使いながら考える。
知識は、AIに何を考えさせるかを決めるために必要です。
同時に、AIの答えをどこまで信じてよいかを判断するためにも必要なのです。
次回は、人間が作った問いそのものが最初から欲しい答えへ向いており、AIがその結論をもっともらしく補強してしまう可能性について考えます。