新人1年目の私に伝えたい言葉。
「とにかく、聞け!
バカになって、聞け!
自分で何とかしようとするな」
めでたく国家試験合格、病院勤務後始まりました。
看護学生時代とは全く違う環境、そして全く違う立場になりました。
看護学校時代と、新人1年目の「段差」が
想像以上に大きすぎて、違いすぎて、なんと表現して良いのか・・・
それだけ、看護学校時代は、守られており、手取り足取り、
助けてもらい、うまく導いてもらい、上げ膳据え膳だったように感じます。
学生時代、その時はその時で色々大変だった気はしますが・・
「大変」の種類が全く違っていました。
看護学校1・2年は、ただただ、勉強が大変。
初めてのことを、山のように覚えるのが大変。
テストが大変。
3年生は、実習が大変。記録を書くのが大変。
生の患者さんとの関わりが大変。
現場看護師との関係が大変。
生の現場の厳しさが大変。
(ホントの現場はこんなもんじゃないが、
当時はそんなこと知る由もない)
こんな感じだったように思います。
これは、生の「命の現場」とは、比較にもならないほどでした。
学生時代、一生懸命勉強し、色んなことを吸収しようと、
日々必死でした。
私は社会人経験後に看護学校受験しており、
実は一度試験に落ちています。
でも、運が良いことに、欠員が出て、補欠入学できました。
だから、
「看護の勉強だけは負けたくない」
という思いもありました。
だから、かなり必死で、全てにおいて真剣でした。
しかし、表現が悪いかもしれませんが、
今、分かりやすく例えるなら、
学生時代、私がしていた「看護」は、
まるで「おままごと」のような看護だったのかもしれません。
(当時は真剣に考え、完璧だと思っていましたが・・・)
疾患や治療、ケアの知識も、患者さんを看る目も、考える力も、
「現場」という場所の本当の姿も、ほんの浅い一部しか見えてなかった、
経験してなかった。ということです。
これは、ある意味仕方がないことだと思います。
看護学生とはいえ、素人です。
できること、させてもらえることは限られています。
そして、今思うのは、
看護学校での学びは、8割がた、
「国家試験合格と、現場に出るための基礎を学ぶ場所」
だったように思います。
もちろん、現場に入って、その知識は活かされます。
ただそれは、全てにおいての「土台」であり、習った知識がそのまま
「生の現場で役立つ」
という感覚ではなかったと私は思います。
だから、「段差の衝撃」を受けたのだと思います。
では、どうすれば良かったのか。
学生時代、もっともっと頑張れば良かったのか・・・
そうではないと思っています。
新人一年目、
生の現場の深さ、厳しさ、緊迫感、
何をとっても学生時代には踏み入ることのできなかった領域です。
分からなくて当然。
それを今から学んでいくのです。
だから私は、冒頭の言葉を伝えたいと思います。
とにかく聞きなさい。
どう思われても、何を言われても、
「こんなこと?」と思ったとしても、
ちゃんと聞きなさい。
新人時代には、きっと
「こんなこと?」の見極めすら怪しいと思うのです。
「こんなこと」が、大変なことに繋がるのが
生の現場の怖さです。それが看護の現場です。
私には、待たなくてもいい
「変なプライド」があったのでしょう。
「聞くことは恥ずかしいこと」
出来ない新人だと思われたくなかった。
だから、何とかしようと思っていた。
そんなこと、しなくて良かったのだと今なら分かります。
4月からめでたく看護師になった皆さん、新人一年目は、
聞くのが仕事。
恥をかくのが仕事。
怒られるのが仕事。
そう思うと、少し楽になります。
私はもっと、聞いて、恥もかいて、怒られておけば良かったと思います。
それが必ず強さと力になって、今後の看護師人生を支えてくれるはず。