私は長い間管理職として介護に携わってきましたが、約8年前にストレスから突発性難聴を発症し補聴器が必要な状態になってしまいました。
決断には少し時間がかかりましたが、今までのキャリアを諦め管理職から引退する事にしました。今は何の役職もない介護士として、現場で奮闘しております。
身体はキツくなりましたが、精神的なストレスは無くなりました。おかげ様で今は病状も安定し悪化することなく過ごしております。
管理職を経て現場介護士で働いて思う事
管理職を経験した私からすれば、どうしても私よりも若い上司。つまり役職者の行動や言動が気になります。
「もっとこうすればいいのに」「なんでそんな言い方するのかな」等色々思う事があります。
でも、私が出しゃばると現場が混乱してしまいますから静かにしていますが(笑)。
私が初めて役職をいただいた時
私が初めて役職をいただいた時の理由は、単純に「勤務年数が長いから」でした。
前任者が辞めた穴埋めの人事。当時は、何を求められているのかも分からず、誰も仕事の仕方を教えてはくれませんでした。
ただの年功序列。最初の役職は、そんな風に「何もしないまま」終わってしまいました。
役職ってなんだ?
役職について深く考えさせられたのは、2つ目の職場である病院でのことです。
そこには、長年病棟を支配しているお局様のような主任がいました。誰も逆らえず、指示されるがままに動く現場。日々何も考えずに働けるという意味では、ある意味で楽な環境でした。
しかし、その安心はある日突然、病院の「世代交代」という方針によって崩れ去ります。
なんと、ある程度の経験があるという理由で、私が急にその病棟の主任に指名されたのです。
昨日まで上司だったお局様が、今日から自分の部下になる――。
正直、最悪の船出でした。
空回りと、受話器を握りしめた限界の夜
何をすればいいか分からない中、周囲からは「もっと指示を出して」と言われ、焦った私は「自分がみんなの手本にならなければ!」と空回り。ミスを連発し、精神的にどんどん追い込まれていきました。
「私はリーダーに向いていない」「みんなに迷惑をかけている……」
主任になって3ヶ月目、とうとう限界を迎えた私は、退職を決意しました。
家から職場へ「辞めます」と電話をかけようと、受話器を取ったその瞬間です。ふと、こんな思いが頭をよぎりました。
「どうせ辞めるなら、もう失うものなんて何もないんじゃない? ダメで元々、全部さらけ出してやれるところまでやってみよう」
今でもなぜそう思えたのかは分かりません。でも、その開き直りが私の運命を変えました。
「手本」になるのをやめ、「助けて」と言った日
次の日から、私は「完璧な手本」になるのを一切やめました。
「私はダメな主任だから、みんなに助けてほしい」と、自分の弱みを全部さらけ出すことにしたのです。
一つひとつ細かい指示を出すのもやめ、「自分で考えて行動していいよ」とスタッフに裁量を任せました。先頭で旗を振るリーダーではなく、みんなの後ろに回って足元を支える「縁の下の力持ち」になろうと決めたのです。
すると、不思議なことに現場の流れがガラリと変わりました。
私ができないことはスタッフが自発的に手伝ってくれるようになり、「他に何かやることはありますか?」と声をかけ合ってくれるようになったのです。スタッフは指示待ちをやめ、自分で考えて行動し、お互いに連携を取り始めました。
数ヶ月後、職場の雰囲気は見違えるほど良くなり、仕事の効率もアップして、最高に強いチームができあがっていました。
私が行き着いた、リーダーの本当の役割
この壮絶な経験から、私は大切なことを学びました。
リーダーだって、弱みを見せて構わない。
自分一人で頑張るより、スタッフが力を発揮できる環境を作る方が何倍も大きい。
細かく指示を出すのではなく、自ら考えて行動できるチームを育てることが大切。
介護現場では、「リーダーとは何か」を教えてくれる人はほとんどいません。なぜなら、今上に立っている先輩たちも、誰からも教えてもらわずに手探りでやってきたからです。
今、悩んでいる人へ
今、初めて役職がついて、プレッシャーで押しつぶされそうになっている介護士さんもいるのではないでしょうか。
完璧なリーダーを目指して苦しむ必要はありません。正直な自分を見せ、みんなの足元をそっと支える――そんなリーダーの形があってもいいのだと、私の失敗だらけの経験が、少しでも誰かの心を軽くするヒントになれば幸いです。