断捨離したら、心が窮屈になった話

断捨離したら、心が窮屈になった話

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一時期、断捨離にハマっていたことがあります。

とにかく物を減らしたくて、
あれもいらない、これもいらないと、
随分いろいろな物を手放しました。

おかげで部屋はスッキリ。

余計な物がない空間は気持ちがいいし、
掃除も楽になりました。

ところが、しばらくすると、
なんだか味気なくなってきたんです。

部屋はスッキリしたのに、
心までスッキリしたわけではない。

それどころか、いつの間にか私の中に、
厄介な人物が住み着いてしまいました。


「それ、本当に必要なの?」


そう問い詰めてくる、

心の中の裁判官です。


可愛い雑貨を見つけても、

「飾る必要ある?」


素敵な文房具を見つけても、

「家にあるもので十分でしょ?」


ちょっと欲しいと思っただけなのに、
すぐに裁判が始まるんです。

そして、だいたい判決は

「却下」。


無駄な物を買わないことが、
いつの間にか正義になっていました。

でも、あるとき思ったんです。

私は何のために物を減らしたんだろう?

気持ちよく暮らすためだったはずなのに、
いつの間にか、物を増やさないこと自体が
目的になっていたんですよね。

物を減らして自由になるつもりが、
自分で自分を不自由にしていた。

なんだか本末転倒です。

そこで、ミニマリストを目指すのを
やめることにしました。

もちろん、物が少ない暮らしが
心地いい人もいると思います。

でも、私には少し違ったみたい。

お気に入りの雑貨を飾ったり、
使う予定のない可愛いノートを買ったり。

そんな、一見無駄に思えるものが、
実は私の毎日に彩りを添えてくれていたんです。

先日も、素敵なノートを見つけました。

すでにノートは持っているし、
何を書くかも決まっていません。

必要かと聞かれたら、
たぶん必要ない。

でも、見ているだけでときめくんです。

以前の私なら、きっと買わなかったでしょう。


でも今は、こう思います。

「必要ないけど、欲しい。それでいいじゃない」

何でもかんでも買いたいわけではありません。


ただ、自分の「好き」という気持ちに、
いちいち正当な理由を求めるのは
もうやめようと思ったんです。

そうしたら、不思議なことに、
とても豊かな気分になりました。

部屋に物が増えたからではなく、
自分の気持ちを否定しなくなったから。

考えてみれば、
人生に必要なものばかりを集めても、
必ずしも心が満たされるとは限りません。

役に立たなくても、
眺めているだけで嬉しくなるもの。

なくても困らないけれど、
あるとちょっと幸せになるもの。

そんなものがあってもいい。

人生の豊かさって、

効率や合理性だけでは

測れないものなんですよね。


これを断捨離のリバウンドと
呼ぶのでしょうか?





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