『せっかくだから』の奥にある本音

『せっかくだから』の奥にある本音

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特に会いたいわけでもない友達から、
丁寧なお誘いメールが届いた。

久しぶりだし、ま、いいかぁと
自分の時間を差し出す。

せっかく声をかけてくれたんだから。

せっかく会えるんだから。

せっかく来てくれたんだから。

少しくらい疲れていても、

本当は早く帰りたくても、

相手が喜ぶならいいかな。

そんなふうに過ごしているうちに、

友達から、
あれこれダメ出しされる。

なんとなくマウントを取られている
ような気もする。

居心地が悪い。

この時間、もう苦痛かも。

そう思っているのに、

「そんなこと思ってるって、

悟られないようにしなくちゃ」


と、また自分の気持ちに蓋をする。

一見すると、

相手を大切にしているように見えます。

でも後になって、

「なんで私ばっかり」

「もう疲れた」

「少しはこっちの気持ちも考えてよ」

とイライラが募る。


そこで、ふと気づいたことがあります。

相手に雑に扱われたと思う前に、

私が先に、

私を雑に扱っていた。


疲れているのに付き合わせて、

帰りたいのに引き止めて、

「せっかくだから」と
自分に言い聞かせていた。

このように
目の前の出来事が、
自分の我慢に気づくサイン
になることがあります。

「この人、なんなの?」

と思ったとき、

少しだけ、

「もしかして私も私に、
同じことしてたかも?」

と振り返ってみる。


誰かを大切にすることと、
自分を後回しにすることは、
イコールではありません。

会いたいなら会う。

帰りたいなら帰る。

疲れているなら休む。

今日は短時間がいいなら、
短時間で終わらせる。


それで相手との関係が壊れるなら、

もしかするとその関係は、

あなたの我慢によって保たれていただけ
なのかもしれません。

「せっかくだから」


そんな小さな声が
自分の中から聞こえてきたとき、

少しだけ、自分に聞いてみる。

「私は今、
本当にそれでいいの?」

それとも、

「誰かのために、
自分に我慢させようとしてる?」

相手を大切にする前に、

自分の気持ちも、
同じくらい大切にしていい。

そのほうがきっと、

誰かに優しくしたあとで
自分だけが苦しくなることも、

少しずつ減っていくのだと思います。


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