【第2話】「ゴミ袋を投げつけられた日」不登校の僕を救った、たった一つの言葉

【第2話】「ゴミ袋を投げつけられた日」不登校の僕を救った、たった一つの言葉

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コラム
こんにちは、不登校専門カウンセラーの「たつ」です。

前回の記事では
「登校復帰をゴールにしてはいけない」というお話をしました。
今回は、私自身が高校時代に経験した「不登校のどん底時代」と、そこからどうやって抜け出すことができたのか、実話をお話しさせていただきます。

充実していた毎日からの突然の脱落

高校時代の私は、クラスで学級委員を務め、勉強も努力して成績上位をキープしていました。
しかし、真面目に努力する姿が周囲と浮いてしまい、ある日突然、些細なきっかけからクラスで仲間外れにされてしまったのです。

内気だった私は強いショックを受け、学校に通えなくなり、自宅に引きこもるようになりました。

その時、周囲の反応は冷ややかなものでした。

「なんで学校に行かないんだ」
「そんなことで挫けてどうするんだ。人生終わるぞ」

友人や先生、そして家族からも責め立てられました。ある日、追い詰められた母親から、寝ている私に向かってゴミ袋を投げつけられたこともあります。

『うまくいっている時は優しかったのに、躓いた途端になんでこんなに冷たいの?』
『どうして僕の本当の苦しみを聞いてくれないの?』

心の中で叫び続け、人間不信と絶望の中にいました。

僕を救ってくれた、たった一言の「許可」

そんな暗闇の中にいた私を救ってくれたのは、同居していた祖母でした。

祖母は、他の誰とも違いました。学校に行けと責めることもなく、私の好きなテレビを一緒に見て笑い、ただ穏やかに側にいてくれました。

そしてある日、祖母がこう言ってくれたのです。

「もう十分に頑張ったよね。そんなに一人で無理に抱え込まなくてもいいんじゃない?」

この言葉を聞いた瞬間、胸のつかえがスッと下り、涙が溢れました。
「学校に行けないダメな自分」を初めてまるごと受け入れてもらえたと感じた瞬間でした。

どん底からの復活、そして通信制高校の教員へ

祖母という「絶対的な味方」ができたことで、私の心には少しずつエネルギーが溜まっていきました。

その後、私は大学に進学し、学生会の副会長を務め、4年連続で学費全額免除の成績優秀者として卒業することができました。さらに、かつて自分が苦しんだ経験を活かすため、不登校や発達障害を抱える子たちが通う通信制高校の教員になりました。

かつて冷たかった家族とも、今では仲良く笑顔で食卓を囲んでいます。

不登校解決の鍵は「家庭内のコミュニケーション」

私が立ち直れた最大の理由は、「自分のありのままを認めてくれる第三者(祖母)が存在し、家が安心できる場所になったこと」です。

多くの不登校支援に携わってきて確信していることがあります。
それは、「親子間で安心して話ができる環境があるご家庭ほど、お子さんの進路決定や不登校解決が圧倒的に早い」ということです。

お子さんがいま学校に行けなくても、人生は決して終わりではありません。適切な関わり方さえ知れば、子どもは必ず自分の力で立ち上がります。

次回【第3話】では、お子さんの心のエネルギーを満たす具体的テクニック「自己肯定感を高める3つのポイント」を徹底解説します!

💡 今、お子さんとの接し方に限界を感じていませんか?
「怒鳴ってしまう自分に自己嫌悪になる」
「子どもの気持ちが分からなくて怖い」

私自身、親から冷たくされた痛みも、受け入れられた時の救いも実体験として知っています。お母様・お父様のお気持ちも決して責めません。

どんな些細なことでも構いません。いつでも私を頼ってくださいね。


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