「夢を持とう」
「目標を持とう」
「なりたい自分を描こう」
こういう言葉を見たり聞いたりすることは多いと思います。
確かに、理想を持つことで前に進める人もいます。
でも一方で、こう感じる人もいます。
何がしたいのか分からない。
未来像が浮かばない。
目標を決めようとしても、しっくり来ない。
このとき多くの人は、
自分は何か欠けているのではないか
と思ってしまいます。
でも、もしかするとそれは欠けているのではなく、動き方の違いなのかもしれません。
世の中では、理想を持つことで前に進める人の話が多く語られます。
むしろ社会全体が、その前提で動いているようにも見えます。
ただ一方で、少し違う動き方の人もいます。
理想からではなく、今の状況から次の一手を決める傾向のある人です。
この人たちは、
未来像よりも、
今どんな状態か
何が起きているか
どこに違和感があるか
こうしたことから自然に行動が決まることがあります。
この場合、大事なのは理想を持つことではなく、今の位置を理解することになります。
理想がなくても、位置が分かればどちらに進めばいいかは見えてきます。
逆に、理想があっても位置が分からなければ止まることもあります。
ここで「次の一手」というと、
その場しのぎや、行き当たりばったりの生き方を想像する人もいるかもしれません。
でもここで言っているのはそういう意味ではありません。
むしろ逆です。
行き当たりばったりというのは、状況をよく見ないまま反応している状態です。
一方で「次の一手」は、
状況を理解した上で選ぶ一歩
です。
たとえば将棋やチェスでは、未来のすべてが見えているわけではありません。
それでも、盤面を理解することで、その時点で最も自然な一手を選びます。
それは無計画ではなく、状況に基づいた判断です。
人生も少し似ているのかもしれません。
未来への見通しが持てなくても、
今どんな状態か
何が起きているか
どこに違和感があるか
これが分かれば、自然に次の一歩は見えてくることがあります。
それは行き当たりばったりではなく、
状況を見た上での一手
なのかもしれません。
もし理想が持てなくても、
違和感がある場所
少し気になること
引っかかっていること
そういうものがあるなら、それは十分な出発点になります。
大きな未来が見えていなくても、
次の一手が見えていれば、人は進めることがあります。
理想を持たないことが問題なのではなく、
自分に合った動き方を知らないことのほうが、苦しさにつながるのかもしれません。
理想を持てる人は、
理想から進めばいい。
理想がしっくり来ない人は、
位置から進めばいい。
大事なのは、
理想を持てるかどうかではなく、
自分はどちらの動き方なのか
それを知ることなのかもしれません。