出典:平中物語
この男、ひとつをの家に、いとこどもぞ、よき女どもにてある。
はじめは、よろしとも見ざりけるを、いとよく生ひいでにければ、かの男、心をつけて、いかならむをりにものをいはむと思ふに、若菰のあるを、女、取りまさぐりけるを見て、
沼水に君は生ひねど刈る菰のめに見す見すも生ひまさるかな
女、返し、
刈る菰の目に見る見るぞうとまるる心あさかの沼に見ゆれば
とはいふものか。
現代語訳:
この男には、一つの家に、いとこたちが何人かいて、それが美しい女性たちであった。
はじめは、それほど魅力的だとも思わなかったのだが、たいへん美しく成長したので、この男は心を惹かれて、どんな機会に言葉をかけようかと思っていたところ、若い真菰(まこも)があるのを見て、
「沼の水辺にあなたは生えたわけではないけれど、刈る真菰の「め(芽)」ではないが、目に見るたびに、ますます美しく成長していくことだ」
と詠んだ。
女が返歌として、
「刈る真菰の『め(芽)』ではないが、目に見るたびに、心が疎ましく思われます。あなたの心が浅香の沼のように浅く見えますので」
とは言うものだろうか。
解説:
「若菰」は真菰という植物の若い芽のこと。
和歌は「め(芽)」と「目に見る」を掛詞として使い、真菰の成長と女性の美しさの成長を重ねています。
「生ひまさる」は「ますます成長する・美しくなる」という意味です。
女性の返歌は、男性の求愛を婉曲に拒絶する内容。
「うとまるる」は「疎ましく思われる・嫌に思われる」という意味。
「心あさかの沼」は「心浅香の沼」で、「心が浅い」と「浅香の沼」(実在の地名)を掛けています。
「とはいふものか」は「とは言うものだろうか」という反語表現で、「そんなことは言わないだろう」という意味を含みます。
男性が「目に見るたびに美しく成長する」と褒めたのに対し、女性は「あなたの心が浅いので疎ましい」と切り返したやり取りです。
私は、趣味で古典や金言などが書かれた本を読んでいます。
上記の平中物語(へいちゅうものがたり)は、平安時代の歌物語で、平中という男性の恋のかけひきや、男女の心の機微が描かれている古文の1つです。
古典などを読んでいると、人が抱える悩みや思いは、時代が変わっても似ているものがあると気付かされます。
皆さんは、話上手な人というと、どんな人をイメージしますか。
平中のように言葉巧みな人、笑わせてくれるような面白い話ができる人、整った文章構成で流暢な話をする人、様々な特徴、または特定の有名人の方を思い浮かべる方もいらっしゃると思います。
私は以前、話上手な人と言えば、上記で述べた巧みな言葉遣い、面白い話、文章構成も整っていて、流暢に話す人だと思っていました。
ただ、私は生粋の内向型人間で訥弁、面白い話もできません。
営業職であった頃、私の同期や諸先輩方は皆、私とは正反対の”話上手”な方ばかりでした。
諸先輩方のプレ(お客様と直接会い商談すること)に同行させていただいた際、お客様を楽しませる話術を見る度、自信を無くしていき、諸先輩方を真似て会話をしようとすればするほど、空回りしていきました。
そんな中、所属する課の次長のプレで同行させていただく機会がありました。
その次長は会社で一番成約額が高く、普段から寡黙な方で、職場で仕事以外の話をしていることは一度も見たことが無い、厳しい方でした。
私は、「きっと次長は、普段は爪を隠して過ごしているのだろう。」と思い、どんな”爪”を拝めるのかと、高揚しながら商談に同行させていただいたのですが、次長は商談中ほとんど喋っていませんでした。
勿論、お客様へのお伺いであったり相槌、尋ねられたことへお答えすることはありましたが、話す比率はお客様:7割、爪を隠しているであろう次長:3割。
この頃の私には、次長の”爪”の正体に気付くこともできませんでしたが、この経験から個性があっていいのだと、相手に話していただく、話を聞き出すことも話の上手さなのだと、私は考えられるようになりました。
話す職業は自分に向いていないのではないかと悩んだことがある方に、話上手とは何かを考えるきっかけになれば幸いです。
冒頭の平中物語は、手紙・和歌のやり取りになりますが、男女の言葉の掛け合いが面白い古文です。
今ではAIで古文を現代語に翻訳できるので、興味があれば、是非読んでみてください。
あとがき
私がどれほど面白い話ができないのか、過去の私の失敗談を残しておきます。
※社会人になり、お酒の席で女性から「何か悩みとかあるの?」と尋ねられた際の私の返答です。
「縦型洗濯機とドラム式洗濯機って、どちらがいいのか…」
※この後、選択肢として二層式洗濯機も加えるべきかを語るつもりでしたが、相手の女性の表情は文字通り、開いた口が塞がらない状態でした