田んぼの畦道に立つ一本の木

田んぼの畦道に立つ一本の木

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私は、田んぼの畦道に立つ一本の木。

ここに立って、ずいぶん長い時間が過ぎました。

春になると、田んぼには水が張られます。
風のない日には、空や遠くの山が水面に映り、私もその景色の一部になります。

やがて、小さな苗が植えられます。

日に日に伸びていく稲。
雨の日も、風の日も、夏の強い日差しの下でも、私はその成長を眺めています。

緑の稲が風に揺れる頃、
子どもたちの声が聞こえてくることもあります。

誰かが立ち止まって、私のそばで休んでいくこともあります。

私は、ここから動くことができません。

けれど、動けないからこそ、見えてくるものがあるのかもしれません。

今年も、稲刈りが始まりました。

刈り取られた田んぼを渡る風は、少し冷たくなっています。
遠くの山も、夏とは違う表情を見せています。

季節は、何度も巡ってきます。
けれど、まったく同じ春も、夏も、秋もありません。

ああ、あの子がまた来た。

前は、お母さんと手をつないでいたのに。
今日は一人で、私を見上げています。

大きくなったんだね。

あの子にとって、私はどんな存在なのだろう。

ただ、そこに立っているだけの木。
いつも同じ場所にいる、見慣れた景色のひとつ。

それでも、いつか大人になったあの子が、この道を通ったとき、私を見て、幼い頃のことを思い出してくれたら。

そんなことを、ふと思います。

人も、景色も、少しずつ変わっていきます。

思いがけない出来事に戸惑う日もあれば、
昨日まで当たり前だったものが、違って見える日もあるでしょう。

変わっていくことは、寂しいことばかりではありません。

新しい景色に出会うこと。
知らなかった自分に気づくこと。
離れていたものが、またつながること。

変化の中には、そんな小さな発見も隠れているのかもしれません。

私は、これからもここに立っています。

来年、田んぼに水が張られたら、
また空を映しましょう。

稲が伸びたら、緑の波を眺めましょう。

そして、あの子がまた通ったら、
葉っぱを揺らして迎えましょう。

変わっていく景色の中で、
変わらずに待っているものがあってもいい。

私は、田んぼの畦道に立つ一本の木。

今日も、ここから季節を見つめています。

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