今の私の吃音の状態を、最初に書いておきたいと思います。
日常会話では、ほとんどどもることはなくなりました。発声練習を12年続けた成果なのか、年齢とともに自然に緩和したものなのか、正直なところはよくわかりません。おそらく両方だと思っています。
ただ、完全に消えたわけではありません。今も特定の場面では、かなりの確率で吃音が出ます。
今も苦手な場面があります
最も出やすいのは、取引先への電話で名前や会社名を名乗るときです。
不思議なのですが、同じ「名乗る」という行為でも、相手によって全然違います。病院の予約電話や、資材の発注など取引先以外の相手に対してはほぼ問題ありません。でも取引先への電話となると、今でも吃ります。
新しい社員が入社して挨拶に来るような場面でも、やや不安があります。頻度は少ないのですが、それでも気になる場面のひとつです。
かつての回避行動
以前はかなり手の込んだ回避をしていました。
取引先からの電話が鳴ると、人がいない場所——トイレや資材の倉庫——に移動してから出る、ということを長年やっていました。周囲に聞かれる緊張を少しでも減らすためです。
デスクワークが増えてからは、事務所の電話に出ざるを得ない場面も増えました。そのうち編み出したのが、**紙に自分の名前を書いてデスクに置いておき、電話が鳴ったらそれを「読む」**という方法です。「しゃべる」のではなく「読む」という行為に意識を分散させると、少し楽に名乗れることがありました。名刺を常に目の前に用意して、「これからこの名刺に書いてある名前を読み上げるだけだ」と自分に言い聞かせてから電話に出ることもありました。
新しい社員が挨拶に来そうな時間帯には、あえて現場に出たり、なんとなく廊下をうろうろしたりして、その場をやり過ごすこともありました。避け続けられるものでもないのですが。
今は、曝露療法の考え方でやっています
今はこういった回避行動を、意識的にやめています。
曝露療法——苦手な場面をあえて避けずに向き合い続けることで、少しずつ慣らしていくアプローチです。完全に不安がなくなったわけではありませんが、取引先からの電話が鳴っても、自分のデスクでそのまま出ます。新しい社員が挨拶に来そうな朝も、デスクで淡々と待っています。
劇的に変わったわけではありません。ただ、回避をやめると少し楽になることもある、というのが正直な実感です。
居酒屋で、食べたくないものを頼んでいた頃
こうして書いていると、昔のことをふと思い出します。
居酒屋など外食での注文は、まだ店員さんに口頭で伝えるシステムだったので、当然、言えるメニューと言えないメニューがありました。
頼むものはいつも食べたいものではなく、言いやすい名前のメニューばかりでした。
好きなものを自由に頼めない、それが当たり前でした。
今はそういうことはほぼなくなりました。われながら、ずいぶん変われたと思います。
これからもここで、自分の吃音について書いていけたらと思っています。履歴書のようなものになるのか、日々の気づきになるのか、まだわかりませんが、同じような状況の方に少しでも届けばと思っています。