部下を育てるつもりが「自分に聞く部下」を育てていた

部下を育てるつもりが「自分に聞く部下」を育てていた

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ビジネス・マーケティング
後輩がお客様との打ち合わせに臨むとき、私は「こういう質問をするといいよ」「こういう順番で話を進めるといいよ」とアドバイスすることがある。後輩がそのアドバイスを実践し、打ち合わせをうまく進められたら、私もうれしい。本人にとっても、一つの成功体験になるだろう。

ただ、人材育成という観点では、これで十分なのだろうか。

「できるようになった」と「育った」は、同じなのだろうか

教えたことを実行できるようになった。それは確かに成長だと思う。でも、それだけで、自分で考え、判断できるようになったとまで言えるのだろうか。例えば、次に出会うお客様が、これまでとはまったく違う考え方や課題を持っていたとしたらどうだろう。

後輩は、その違いに自分で気づき、質問や打ち合わせの進め方を変えられるだろうか。それとも、以前教わった方法をそのまま使い続けるだろうか。もちろん、これはお客様と接する仕事に限った話ではない。新しい業務の進め方を教えるときも、会議の運営を任せるときも、同じことが起こり得る。

「教えられたやり方を実行できること」と、「状況に応じて、自分でやり方を考え直せること」は違う。私は後者を、変化への適応力(状況が変わっても、自ら変化に気づき、考え方や行動を更新できる力)と捉えている。

では、この力はどうすれば育つのだろうか。

人が新しいやり方を身につけるための「ADKARモデル」

人が変化するとき、何が必要なのか。この問いを考えるうえで参考になるのが、組織変革の領域で広く知られる「ADKARモデル」だ。組織変革を支援するProsci社が提唱する考え方で、個人が変化を実現し、定着させるために必要な五つの要素を整理している。

変化の必要性を認識するAwareness、変化に参加する意思を持つDesire、方法を知るKnowledge、実行できるAbility、そして変化を定着させるReinforcement。個人が特定の変化を実現するために必要な5つの要素を整理した、非常に優れたモデルだと思う。

例えば、会社が新しい仕事の進め方を導入するとする。上司がいくら丁寧に方法を教えても、部下が「なぜ変える必要があるのか」を理解していなければ、なかなか行動は変わらない。必要性を理解していても、「自分は今のままでいい」と思っていれば、やはり動きにくい。取り組む意欲があっても、方法を知らなければ実行できないし、一度できたとしても、継続するための働きかけがなければ元に戻ってしまうこともある。

ADKARモデルの優れたところは、人が変われない理由を、本人のやる気や能力だけの問題にしないことだと思う。変化の必要性が伝わっていないのか。本人が取り組む理由を見いだせていないのか。方法がわからないのか。実践する力が足りないのか。続けるための支援が不足しているのか。こうして考えると、上司や先輩として何を支援すべきかが見えてくる。

ただ、このモデルを理解するほど、私はもう一つの問いを考えたくなる。一つの変化を実現できるように育てることと、次の変化にも自分で向き合えるように育てることは、同じなのだろうか。

一度「変われた人」は、次も自分で変われるのだろうか

ADKARモデルを参考にしながら、部下が新しい仕事の進め方を身につけ、継続して実行できるようになったとする。これは間違いなく、一つの育成成果だ。

では、その一年後、仕事を取り巻く状況が変わり、せっかく身につけた方法が通用しなくなったとしたらどうだろう。部下は、自分でその変化に気づき、新しい方法を考え始めるだろうか。それとも、上司から次の方法を教えてもらうまで、これまでのやり方を続けるだろうか。

ADKARモデルは、特定の変化を実現し、定着させるために有効な考え方だ。一方、次にどんな変化が起きるかわからない中で、自ら変化を発見し、必要な行動を選び直す力については、もう一つ別の視点から考える必要があると思う。なぜなら、「変わり方を知っていること」と、「変わる必要があると自分で判断できること」は違うからだ。

では、上司が次の正解を教えてくれなくても、自分で変わり始められる人には、何が必要なのだろうか。私は、三つの力が重要なのではないかと考えている。

一つ目は、自分の将来や行動を主体的に選択できるという「統制心」。二つ目は、自分の周囲で起きている変化に興味や関心を持つ「好奇心」。そして三つ目は、これまでの前提や、正解とされてきたものを「問い直す力」だ。

統制心とは、変化を「自分の問題」として引き受けること

まず、統制心について考えたい。ここでいう統制心とは、周囲の状況を自分の思い通りに動かすことではない。自分では決められないことがあっても、その状況にどう向き合い、何をするかは自分で選べる、という感覚だ。

例えば、会社の方針や組織の目標を、部下一人の判断で変えることは難しい。それでも、その目標に向けてどんな工夫をするか、誰に相談するか、何から取り組むかは、自分で考えられる部分がある。同じ環境に置かれても、「決められたことだから仕方ない」と考えるのか、「この条件の中で、自分には何ができるだろう」と考えるのか。この違いは、変化への向き合い方を大きく変える。

そして、ここで上司や先輩として考えたいことがある。私たちは、部下に主体性を求めながら、部下が自分で選択する機会を奪っていないだろうか。例えば、部下から仕事の相談を受けたとき。経験のある上司ほど、問題点も解決策もすぐに見えてしまう。「それなら、まずこうした方がいいよ」「この場合は、この順番で進めるといいよ」そう伝えれば、仕事は早く進む。部下も安心するだろう。ただ、その関わりが繰り返されると、部下は困ったときに「自分ならどうするか」より先に、「上司ならどうするか」を考えるようになるかもしれない。

部下が怠けているわけではない。上司に聞けば正解が手に入る環境では、自分で考えるより、上司に確認する方が合理的になってしまう。上司が正解を教え続けることで、部下にとって「自分で考えないこと」が最も効率的な仕事の進め方になってしまう可能性がある。

これは、育成する側として見過ごしたくないことだ。もちろん、教えることが悪いわけではない。知識や経験が不足している段階では、具体的な助言が必要な場面も多い。大切なのは、教えるか、任せるかの二者択一ではなく、教える場面でも、本人が自分で考え、選ぶ余地を残すことだと思う。

例えば、すぐに答えを伝える前に、「〇〇さんなら、どう進めようか?」と聞いてみる。本人なりの考えがあれば、その理由を聞く。迷っているなら選択肢を示し、どれを選ぶか一緒に考える。そして、本人が選んだ方法を試せる機会をつくる。大切なのは、上司の考えと一致したかどうかだけでなく、本人が何を考えて選び、その結果から何を発見したかに目を向けることだ。

主体性は、「主体的に動きなさい」と言われて育つものではない。自分で選び、その結果に向き合う経験を通じて育つものなのだと思う。このようにして、状況に向き合ったうえで何をするかは自分で選べるという統制心を育むための取り組みが必要だ。

好奇心とは、社会の変化を「自分の未来」と結びつけて考えること

次に、好奇心について考えたい。ここでいう好奇心とは、単に新しい情報を知りたがることではない。社会や技術、顧客の価値観などの変化に興味を持ち、「その変化によって、自分たちの仕事や周囲の環境はどう変わるのだろう」と想像することだ。

例えば、生成AIの進化について考えてみたい。ニュースで新しい技術が紹介されると、「すごい技術が出てきたな」と感心することはあるだろう。しかし、それだけでは、自分との関係は見えてこない。

「この技術が当たり前になったら、自分たちの仕事の何が変わるのだろう?」「今まで人が時間をかけていた仕事のうち、何が必要なくなるのだろう?」「反対に、人に求められる役割はどう変わるのだろう?」

こうした問いを持つことで、遠くにあるように思えた社会の変化が、自分に関わるものとして見え始める。あるいは、人口減少や人手不足についても同じだ。「これから人が足りなくなるらしい」という情報を知っている人は多い。しかし、そこから「人が採用しにくくなったら、今の仕事の進め方は成り立つのだろうか」「少ない人数でも成果を出すために、今から変えておくべきことは何だろう」と考える人は、すでに未来の変化を自分に引き寄せている。

ここで重要なのは、未来を正確に予測できるかどうかではないと思う。社会の変化が自分たちにどんな影響を与えるのか、すぐには答えが出なくても構わない。大切なのは、まだ目の前で問題が起きていない段階から、「もし、この変化が進んだら?」と考え始められることだ。

私たちは、問題が起きてから「どう対応するか」を考えがちだ。しかし、好奇心があれば、問題が起きる前から「これから何が変わるのだろう」と考えることができる。つまり、好奇心は、変化が訪れるのを待つ姿勢から、変化の可能性を自ら探しにいく姿勢へと転換するきっかけになる。

そして、上司や先輩としては、部下に社会情勢や業界動向を一方的に教えるだけでなく、こんな問いを投げかけてみたい。「最近のニュースで、自分たちに影響がありそうだと思ったことはある?」「その変化がこのまま進んだら、私たちの○○はどう変わると思う?」大切なのは、正しい予測を答えてもらうことではない。社会の変化と自分の仕事を結びつけ、自分なりの仮説を持つことだと思う。変化に強い人とは、未来を正確に予測できる人ではなく、未来が変わる可能性に興味を持ち続けられる人なのかもしれない。

問い直す力とは、未来の変化を前提に「今の正解」を疑うこと

そして三つ目が、問い直す力だ。社会の変化に興味を持ち、自分たちの仕事がどう変わるのかを想像できたとしても、それだけで行動が変わるわけではない。そこで必要になるのが、「その未来が訪れるとしたら、今の進め方は本当に正しいのだろうか」と問い直すことだ。

例えば、生成AIによって資料作成の負担が大幅に減る未来を想像したとする。そのとき、「どうすれば、もっと早く資料を作れるだろう」と考えるだけでは、これまでの仕事の進め方を前提にした改善にとどまる。

一方で、「そもそも、私たちはなぜこの資料を作っているのだろう」「資料を作ることに時間をかけなくてよくなったら、人は何に時間を使うべきだろう」と考えれば、仕事の目的や役割そのものを見直すことにつながる。

私たちは、何か問題が起きると、つい「どうすれば、もっとうまくできるか」を考える。もちろん、それも大切だ。しかし、社会や仕事を取り巻く環境が大きく変わるときには、「そもそも、今までと同じことを続けるべきなのか」という問いも必要になる。かつては正しかった方法が、これからも正しいとは限らない。

そして、ここには育成する側にとって、少し耳の痛い話もある。部下が今の仕事の進め方を問い直したとき、その対象は、上司がこれまで教えてきた方法かもしれない。「なぜ、この方法で進める必要があるんですか?」「今の状況なら、別の方法の方がよいのではないですか?」

そんな問いに対して、「まずは教えた通りにやって」と返すのか。それとも、「確かに、今もこの方法がよいのか、一緒に考えてみよう」と返すのか。部下に正解を疑う力を求めるなら、上司自身も、自分の正解を疑われることを受け入れなければならない。私は、ここには、変化への適応力を育てる難しさと面白さの両方があると思う(自分が上司や先輩として過去に伝えたことすら疑われることを、”面白い”と受け入れられる存在でありたい)。

成功事例だけを共有する組織は、次の変化に気づけるか

ここまで述べた統制心、好奇心、問い直す力は、本人の意識だけで育つものではないと思う。組織の中で、どんな話題が歓迎されているかによっても変わる。私自身、日々の仕事で感じたことや面白いと思ったことを、組織の中で自由に会話することを大切にしたいと思っている。

例えば、「生成AIの進化によって、これまで人が担っていた仕事の価値はどう変わるのだろう」「人手不足が進む中で、今の仕事の進め方はいつまで通用するのだろう」「最近の業界の変化を見ていると、お客様が求めるものも変わっていくのではないか」といった問いだ。必ずしも、結論が出ている必要はない。

組織では、成果や成功事例が共有されやすい。もちろん、うまくいった方法を共有することには大きな価値がある。ただ、それだけでは、過去にうまくいった方法を広めることに偏ってしまうかもしれない。

一方で、社会の変化を踏まえて「今のやり方は、この先も通用するのだろうか」と問いかけることには、これからの仕事を考えるきっかけがある。成功事例を共有するチームは、過去の正解を広められる。未来への問いを共有するチームは、次の正解を探し始められる。

だからこそ、上司や先輩としては、うまくいった事例や成果だけでなく、(雑談の延長でも良いので)こんな会話も増やしていきたい。「最近、社会や業界で気になっている変化はある?」「その変化が進んだら、私たちにどんな影響がありそう?」「その未来を考えると、今から見直した方がよさそうなことは何だろう?」こうした会話を日常的に交わすことが、部下にとって、未来の変化を自分の問題として考える練習になるのではないだろうか。

育成のゴールは、教えた正解を超えてもらうこと

ここまで考えると、変化への適応力は、何か一つの知識やスキルを教えれば身につくものではないのだと思う。

まず、自分の行動や将来は、自分で選べるという感覚を持つ(統制心)。そして、社会や技術、顧客の価値観などの変化に興味を持ち、自分たちの仕事がどう変わるのかを想像する(好奇心)。その未来を踏まえて、これまでの前提や仕事の進め方を問い直す(問い直す力)。そのうえで、自分で新しい方法を考えて試し、結果から新しい発見を得る。

「自分で選ぶ → 未来の変化に関心を持つ → 今の正解を問い直す → 試す → 発見する → また自分で選ぶ」私は、この循環を日々の仕事の中で繰り返すことが、変化への適応力を育む一つの鍵になるのではないかと考えている。

ここで、最初の話に戻りたい。後輩がお客様との打ち合わせに臨むとき、私は「こういう質問をするといいよ」とアドバイスすることがある。そのアドバイスが役に立ち、後輩がうまく打ち合わせを進められたら、もちろんうれしい。

でも、これからは、打ち合わせが終わった後に、こんなことも聞いてみたい。「最近、お客様の考え方や関心が変わってきたと感じることはある?」「その背景には、どんな社会や業界の変化があると思う?」「もし、その変化がこれからも続くとしたら、今までの質問の仕方や提案の進め方は変えた方がよいと思う?」

そんな対話を通じて、後輩が、私の教えた方法をそのまま使うだけでなく、自分なりに新しい方法を考え始めるかもしれない。そして、もしそうなったら、それは私が教えた通りにできたとき以上に、うれしいことなのだと思う。なぜなら、私が次の正解を教えなくても、その人自身が変化を見つけ、次の答えを探し始められるからだ。育成の成果は、部下が自分の正解を再現できるようになることだけではない。上司や先輩が伝えたことを
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