部下に「自分で考えて」と言う上司が見落としがちなこと

部下に「自分で考えて」と言う上司が見落としがちなこと

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ビジネス・マーケティング
「どうしたらいいと思う?」後輩から相談を受けるたび、私はそう問いかけていた。答えを教えるより、自分で考える力を身につけてほしかったからだ。

しかし、問いかけを重ねても、後輩の考えが進まないことがあった。そのたびに、もっとよい質問があるはずだと考えていた。

ところが、ある日の会議で気づいた。私は、後輩に自分で考えてほしいと言いながら、後輩が考えるために必要なものを渡せていなかったと気づいた。

「資料の構成が分からない」という相談

ある日、後輩から「会議資料の構成が分からなくて……」と相談された。以前の私なら「どういう構成がいいと思う?」と問い返していたと思う。

しかし、その日は「どんな内容を入れようと思っているの?」と聞いてみた。すると、「それもまだ整理できていなくて……」と返ってきた。後輩が困っていたのは、情報の並べ方ではなく、そもそも何を並べればよいのか分からないことだった。

そこで、「目的・現状・論点・次のアクションという要素で整理する方法があるよ」と伝え、改めて必要な情報を尋ねた。すると、後輩はその切り口を手がかりに、自分で考え始めた。答えを教えたわけではない。ただ、考えるための材料を渡しただけだった。

このとき、私は少し後悔した。後輩に考える力を身につけてほしいと願いながら、後輩が何につまずいているのかを、私自身が十分に考えていなかったからだ。

後輩自身も、何が分からないか分かっていない

今回、もう一つ印象に残ったことがある。それは、後輩自身も、自分に何が足りないのかを正確に説明できていたわけではないということだ。「資料の構成が分からない」という言葉に嘘はなく、実際に構成を考えられず、困っていたのだと思う。

けれど、その原因は構成の知識ではなく、資料に盛り込む情報を整理できていないことにあった。(本人が口にした悩みが、そのまま本当のつまずきとは限らない)

だから、相談を受ける側には、言葉の奥にある「何が足りないのか」を考えることが求められる、と思う。今回の後輩には、考えるための知識を渡すことが役立った。しかし、別の後輩にも同じ知識を教えればよいとは限らない。

では、何を手がかりに考えればよいのだろうか。

後輩に何を渡すべきか。3つの視点で考える

後輩が考えられずに止まっているとき、私はまず、次の3つの可能性を考えてみるとよいと思う。知識が足りないのか。選択肢が見えていないのか。判断基準が曖昧なのか。

これは、後輩が「自分で考えられず止まっている理由」をすべて説明する分類ではない(実際には、不安や経験不足、時間的な余裕のなさが原因の場合も多い)が、上司がどのように支援するかを考えるために、私が持っている3つの視点である。

① 知識が足りないのかもしれない

知らないことを、自分で考える力だけで補うのは難しい。知識を教えることは、考える機会を奪うことにはならないはずである。

② 選択肢が見えていないのかもしれない

例えば、必要な情報は整理できているのに、資料の構成が決まらないときは、一つの方法しか思いついておらず、自信が持ち切れていない可能性がある。

「現状から順番に説明する方法もあるし、最初に結論を示す方法もあるね」そう伝えるだけで、後輩の視野が広がることがある。

ただし、どちらを選ぶかまで上司側が決める必要はない。「ほかにも方法はありそうかな?」と問いかければ、渡した選択肢をきっかけに、本人が新しい方法を考えられるかもしれない。選択肢を渡すことと、上司が選択まで代わりにすることは違う。

③ 判断基準が曖昧なのかもしれない

必要な情報も分かっている。構成の選択肢も思いついている。それでも決められないなら、何を基準に選べばよいか分からないのかもしれない。

例えば、資料作成の場面であれば、こう問いかけてみる。「今回の会議は、状況を理解してもらうことが目的かな? それとも、何かを決めてもらうことが目的かな?」どちらが正しいかではなく、何を大切にして選ぶのかを一緒に整理する。

そうすれば、今回だけでなく、次に似た場面に出会ったときにも、自分で判断しやすくなるはずだ。

3つすべてを教える必要はない

ここで、一つ気をつけたいことがある。知識・選択肢・判断基準は、すべて一度に上司側から教えるべき項目というわけではない。

だからこそ、上司が考えるべきことはまずは二つだと思う。「この後輩は、何が足りなくて考えられないのだろう?」「何を渡せば、あとは自分で考えられるのだろう?」

ただし、最初から正確に見極められなくてもよくて、「知識が足りないのかもしれない」と仮説を持ち、問いかけて確かめる。違っていたら、別の可能性を考える、というイメージを私は持っている。後輩の考えを引き出すために、上司もまた考え続ける必要がある、ということだと思う。

「自分で考えて」と言う前に

以前の私は、後輩に自分で考えてほしくて、なるべく答えを教えないようにしていた。今でも、その願いは変わらない。後輩には、自分の頭で考え、自分の判断で仕事を進められるようになってほしい。

ただ、そのために何も教えないことが、いつも正しいわけではなかった。考えるための知識がなければ、知識を渡す。選択肢が見えていなければ、選択肢を示す。判断基準が曖昧なら、一緒に整理する。そして、本人が考えられるところは、本人に委ねる。

後輩の考える力を育てることは、上司自身の考える力が試されることでもある。あの日、資料の構成に悩む後輩に必要だったのは、完成した資料でも、さらに難しい質問でもなかった。考え始めるための、ほんの少しの手がかりだった。

教えないことが育成なのではない。教えた先に、本人が考えられる余地を残すこと。その余地をつくるためにこそ、上司は知恵を使うのだと思う。
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