映画『リービング・ラスベガス』

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ストーリー
主人公ベンは、仕事も家庭も失い、アルコール依存によって人生が崩れてしまった脚本家。
彼は有り金の全てを持ってラスベガスへ向かい、そこで酒を飲み続けて死のうと決めます。
一方、サラは孤独を抱えながら生きる娼婦。
ベンとサラは出会い、互いに惹かれていきますが、その関係は普通ではありません。
ベンは酒をやめる気がなく、サラもまた自分の傷や現実を抱えています。
2人は相手を救うことも変えることもできないまま時間を共有、心を通わせます。
物語は愛と破滅が同時に並行するような形で進み、結末へ向かいます。
(映画はサラへのカウンセリング形式で綴られます)

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映画のテーマ
1.人生の落とし穴
主人公のベンは離婚後、会社でも泥酔状態、周囲からは病気扱いされています。
自身をかばう虚言を重ね、結果社会から完全に断絶された状態で、会社からは解雇を言い渡されてしまいました。
泥酔状態のベンがラスベガスの安モーテルの看板「the whole year inn(年中無休)」を「the hole you are in(人生の落とし穴)」と見間違えるシーンから、この世の誰もがベンと同じように人生の階段を踏み外す可能性があることを暗示しています。

2.精神性の優位
サラと運命的に出会ったベンは、サラを娼婦として買い、モーテルに連れていきますが、サービス行為を始めるサラに反して飲み続け、歌を歌い、何もしなくていい、ただいてほしいのだと伝えます。
初対面のベンに自身の実名を即答するサラ、対して、それまで虚構の人生を歩んでいたベンも初対面のサラに、自分がラスベガスに来たのは死ぬまで飲み続けるためなのだと、正直に告げます。
初対面で心を揺らす2人。サラは、一緒にいると心地よいのだと漏らします。
2人が求めていたもの、2人をつなげたものはお金でも、快楽でも他の何ものでもなく、一緒にいることの精神的なやすらぎでした。

3.愛と救済
夕食をともにする2人。
どうして自殺的な飲み方をするのかの問いに、ベンは答えあぐねます。
サラの家に宿泊した翌朝。
自身の家への引っ越しを提案し、食い下がるサラに対し、ベンは決して酒を
やめろと言わないことを条件として提示し、サラはこれを承諾します。
後のストーリーで、自分はベンを利用しただけだとうそぶくシーがありますが、本心ではなく、サラが選択したのは救済ではなく、完全受容の愛でした。

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4.人生のテーマとしての孤独
愛しあう2人、カジノでの情熱的なキス、そして訪れる厳しい現実。
アルコール依存症と娼婦。2人は互いのキズをなめあい、徐々に世界から拒絶されていきます。
現実的な死に近づいていくベン。その死を悟り見かね、医療機関への診察を
提案したサラに、ベンは元のモーテルに戻ると答えます。
自身のたったひとつの願い、一緒にいてほしいだけと懇願するサラに、ベンは浮気現場を捏造して見せます。自らサラの元を離れるために。
また一人に戻った夜、性的倒錯者の若者を客として拾ってしまったサラは顔面を殴られ、暴力的な性被害を受けます。
キズを負い帰宅した一人の部屋で、サラは大家から退去も言い渡されます。
なにもかも失ったサラは、プレゼントしたスキットルで酒を煽る、幻影のベンを探し始めます。

5.魂の終焉
電話を受け、駆け付けた部屋で、サラはベッドに横たわる瀕死状態のベンに
会います。
助けてほしいかの問いに、会いたかった、とだけ答えるベン。
その夜、2人は初めて肉体的にも結ばれました。
翌朝目覚めたベンは、隣で眠るサラの気配を感じ、彷彿の表情を浮かべた後、天に召されます。
魂の縁を昇華した瞬間でした。

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ツインレイとは、魂のレベルで結ばれた唯一無二の相手だと考えるスピリチュアル概念です。
1つだった魂が2つに分かれ、この世で再会する唯一無二の相手。
英語では「twin flames」と呼ばれ、2人で1つの魂、魂の片割れという意味で語られます。
ツインレイ同士は強く惹かれあい、似た部分と対照的な部分の両方を持ち、
出会いによって大きな学びや自己成長が起こるとされます。

「分からない、私はただこの男が好き、今までこう感じたことはなかった」
「混乱する、私たちは一晩一緒にいただけ、でも前から関係があったように感じる」
「一種の恐怖を感じる、合うべきじゃない、でも彼を探すの」
「長年一緒のように感じた、とっても楽な、私自身になったような、誰か他の人になろうとしてない」

私がツインレイと聞いて真っ先に思い出すのは、このベンとサラのストーリーです。
この映画の本当のテーマを語れる人物は少ないのかもしれません。

追記
本作品には他にも様々なシーン、描写がほどこされ、テーマ、受け止め方は
一様ではありません。
一般的な「リービング・ラスベガス」の映画批評は、深い絶望を抱えた男女が破滅へ向かう日々の中で一時的に寄り添う物語、といった悲劇的に語られる
場合が多いようです。
今回の私の解釈は確証バイアスに基づいた面が否定できず、あくまで個人的
見解として楽しんで頂けると光栄です。



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