― 共感力は、成長するための土台にな
る ―
誰かに悩みを相談するとき、私たちは本当に「答え」だけを求めているのでしょうか。
「どうしたらいいと思う?」
そう聞きながら、本当はその前に、
「そうだったんだね」
「それは辛かったね」
と、自分の気持ちを受け止めてもらいたいことがあります。
だから相談する相手も、誰でもいいわけではありません。
「この人なら分かってくれそう」
「この人になら話しても大丈夫そう」
そんな安心感のある人を、私たちは自然と選んでいます。
正論なのに、なぜ心に届かないのか
悩んでいるときに頭から否定されたり、すぐに反論されたりすると、人は本来の問題について考えるより先に、
「私だって理由がある」
「私だけが悪いわけじゃない」
と、自分を守ろうとします。
正論が間違っているわけではありません。
ただ、正論を受け取れる心の状態になる前に差し出されていることがあるのです。
心の扉を閉めた人に、どれだけ正しい言葉を届けても、中までは届きません。
だから、まず必要なのが共感なのだと思います。
共感は「あなたが正しい」と言うことではない
ここを勘違いしてしまうと、共感はただの同調になってしまいます。
「そう感じたんだね」
「それは悔しかったね」
「そう思うのも分かるよ」
そうやって、その人の感情を一度受け止める。
だからといって、その人の行動や考え方まですべて肯定する必要はありません。
行動への評価と、感情への理解は別のものです。
相手と違う意見を持ちながら、その人の気持ちを理解しようとすることもできます。
むしろ、大人の共感力とは、そこにあるのではないでしょうか。
共感されると、人は自分を振り返れる
不思議なことに、自分の気持ちを十分に話して受け止めてもらうと、少しずつ心の力が抜けてきます。
すると、
「でも、私にも悪いところがあったかもしれない」
「相手にも事情があったのかな」
と、自分から違う角度で物事を見られるようになることがあります。
共感は甘やかすことではありません。
自分を客観的に見るための心の余白をつくること。
だから共感は、人が成長するための土台にもなるのだと思います。
経験する。
自分を見る。
気づく。
そして、選び直す。
人生はこの繰り返しです。
「じゃあ、私はこれからどうしたい?」
そこまで考えられるようになったとき、人は過去の出来事から少しずつ未来へ目を向け始めます。
誰かの人生を奪わない共感
これは、家族でも、友人でも、仕事仲間でも同じです。
そして占いという仕事でも、私は大切にしたいと思っています。
誰かを助けたいと思うほど、答えを教えたくなる。
失敗してほしくないと思うほど、「こうした方がいい」と言いたくなる。
けれど、その人の人生を生きるのは、その人自身です。
だからこそ、答えを渡して終わるのではなく、
「あなたは、どうしたい?」
そこまで一緒に考えられる人でありたい。
共感力とは、人に優しくするためだけの力ではありません。
相手を理解しようとすることで自分の視野も広がり、自分とは違う価値観を知ることで、自分自身も成長していく。
人は、正しい答えをもらったときより、自分の気持ちを受け止めてもらったときに、もう一度自分で歩き出せる。
そんな共感を持てる大人でありたいと思います。