誰かに何かを言われた時、言葉を返すより先に涙が出てしまう。
悲しいのか、悔しいのか、腹が立っているのか、自分でもよく分からない。
感情が入り混じって、涙が邪魔をして言葉が出てこない。
そして一人になってから、
「どうしていつも私はこうなるんだろう」
と、自己嫌悪で落ち込む。
もし思い当たるなら、少しだけ自分の中にある「熱」について考えてみませんか。
## 人の言葉に、すぐ反応してしまう
誰かが何気なく言った一言。
自分に向けられた言葉ではないのに、
「もしかして私のこと?」
と反応してしまう。
相手の表情や声のトーン、ちょっとした態度の変化まで気になって、周囲の空気をずっと読んでしまう。
それを「神経質」と片づけてしまうこともできます。
でも、もしかするとあなたは、気が回りすぎる人なのかもしれません。
人が気づかないところまで感じ取って、考えて、先回りする。
それを一日中続けていたら、当然疲れます。
問題なのは「感じること」ではなく、感じ取ったものを全部自分事として受け入れてしまう事。
人の機嫌まで、自分が背負う必要はありません。
## 言葉になる前に、涙が出る
感情が大きく動いた時、涙が出るのは高ぶった感情を冷却させるための自然な現象です。
悲しい時だけではありません。
悔しい時。
腹が立った時。
緊張がほどけた時。
安心した時にも、人は涙を流します。
だから、無理に止めようとしなくてもいい。
泣きたい時は泣いてしまうと、自然にクールダウンします。
少し落ち着いてから、自分の気持ちを整理してみましょう。
「何を言われた?」
「私は何を感じた?」
「本当は何を言いたかった?」
紙に一つずつ書き出してみる。
感情だったものが言葉に変わってくると、自分でも見えていなかった本音が少しずつ姿を現します。
## 自分の中の熱量を調整する
感情の熱が高くなりやすい人は、その熱を心の中だけに閉じ込めないことも大切です。
身体の中がムズムズするほど熱いなら、歩いてみる。身体を動かす。汗をかく。
身体から外へ逃がしてあげる。
反対に、頭の中が考え事でいっぱいなら、人に話してみる。
話しにくければ、文章にする。
誰にも見せないノートでも構いません。
頭の中だけで同じことを何度も繰り返すより、言葉として外へ出すことで、自分が何に傷つき、何を求めていたのかが見えてくることがあります。
熱を消すのではなく、少しずつ逃がしてあげる。
それだけでも、自分との付き合い方は変わってきます。
## 自分の中の炎は、消さなくていい
私は、感情が大きく動く人は、それだけ自分のことも、人のことも深く見ている人なのではないかと思います。
だから、その炎まで消そうとしなくていい。
ただ、自分の足元だけを照らしていた炎は、自分のことしか見えなくしてしまうことがあります。
そして熱がこもれば、いつか自分自身を焼いてしまうかもしれません。
だったら、その炎の向きを少し変えてみる。
あなたが悩んだこと。
泣いたこと。
苦しかったこと。
そこから自分を理解しようとした経験が、いつか同じ場所で立ち止まっている誰かの居場所を照らす灯りになるかもしれません。
だから、ほんの少し顔を上げてみてください。
そして、ゆっくり周りを見渡してみる。
あなたが思っているより、世界は自分一人だけでできているわけではありません。
あなたの内側にある炎に、すでに気づいている人がいるかもしれない。
その炎は、自分を責めるために使うより、自分を知るために使ってほしい。
そしていつか、自分だけではなく誰かを照らせる炎へ。
**消さなくていいんです。**
**大切なのは、その火をどこへ向けるかなのだと思います。**