習慣を続けられるようになったのではなく、あえて休める自分になる

習慣を続けられるようになったのではなく、あえて休める自分になる

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コラム
読書をはじめ、何か新しいことを習慣にしようと取り組んでいると、あるとき不思議な変化が訪れます。

最初は「時間がない」「なかなか続けられない」と悩んでいたのに、うまく時間を作れるようになり、毎日読めるようになる。けれど、その先に新たな罠が潜んでいました。

「読むこと」自体が目的になってしまい、少しでも本を開いていない時間ができると、どこかソワソワして不安になる。心地よく始めたはずの習慣が、いつの間にか自分を縛る「義務」になっていたのです。

今の私は、そんな不安が芽生えたとき、あえて本を開かない選択ができるようになりました。「今は読まなくても大丈夫。必要になったら、またいつでも再開できる」。根拠のない強がりではなく、心からそう思えるし、実際に本を置いて別の時間を過ごすこともできています。

そう思えるようになったのは、これまでいろいろな習慣を通して、「休むこと」と「再開すること」を積み重ねてきたからです。

「一度途切れたら終わり」「毎日やらないと意味がない」。完璧主義にとらわれていると、習慣を「0か100か」で考えてしまいがちです。でも、本当に自分に馴染んだ習慣とは、毎日休まず続けることではないと、私は思っています。忙しいときはそっと手放して、余白ができたときにまた手を取り直す。この行き来を何度も繰り返すことで、「途切れてもまた始められるから大丈夫」という自分への確かな信頼が育っていくのだと思います。

固く握りしめていた手をゆるめて、あえて休んでみる。それでも、必要なタイミングでまた再開すればいい。習慣にコントロールされるのではなく、自分が習慣を軽やかに使いこなしていく。そのゆるやかな余白が、毎日を満たしてくれると感じています。

「やらないと不安」「続けなきゃ」と苦しさを感じている方が、「私は今、この行動に振り回されていないだろうか」と、一度立ち止まって問いかけてみるきっかけになればうれしいです。

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