セラー業務支援室です。
私は医薬品メーカーで30年、営業事務として働いています。
長く働いていると、ある出来事をきっかけに、
自分の価値観がガラッと変わる瞬間があります。
今回も職場で特に印象に残っている話を書いてみたいと思います。
■定年前の異動で起きた、ひとつの出来事
定年を目前にした営業部門の社員が、私の部署へ異動してきました。
嘱託社員になる直前に部署異動が行われることは珍しくありません。
単身赴任の人が自宅から通える拠点へ移るなど、
本人の希望がある程度尊重されるためです。
しかし、異動後にわかったことがありました。
彼は認知症を患っていたのです。
異動当初は、歩いて5分ほどの本屋へのお使いに40分かかりながらも、なんとかこなしていました。
備品の数を数えて帳簿につけることもできました。
ただ、自分の勤怠管理やメール返信といった業務はほとんどできませんでした。
同じ部署の私たちも、何度教えても覚えてもらえない状況に疲れ、
言葉が荒くなることが増えていきました。
やがて外出や備品管理といった作業も難しくなっていきました。
人事部が産業医に相談したところ、
「社会とつながり続けることが症状の悪化を防ぐため、できる範囲の仕事を続けてもらうのが望ましい」
という見解でした。
制度上も、病気を理由に解雇することはできません。
そこで会社は、私たちに彼の日々の状況を細かく記録するように指示し、
産業医に「業務継続は困難」と判断してもらえるよう働きかけました。
そして最終的には、産業医の判断から自主退職を促す形になりました。
■なぜ“慣れない部署”に異動させられたのか
この出来事を振り返ると、
どうして慣れた部署ではなく、
私たちの部署に異動させられたのかという疑問が残ります。
もし慣れた環境で、
私の部署で行っていたように負担の少ない作業を続けていたら、
症状の進行はもっとゆるやかだったかもしれませんし、
まだもう少し長く勤めることができていたのかもと私は思います。
その背景には、会社の中に存在する 部署間の“優劣” があります。
規模のある会社では複数の営業部門があり、
・会社が力を入れている部署
・そうでない部署
がはっきり分かれていることはよくあることだと思っています。
問題が起きたとき、
優先的に対応される部署と、そうでない部署があり、
後者には“押し付けられる仕事”が集まりやすいのです。
今回の異動も、その構造の中で起きた出来事だと私は思っています。
■部署の優劣は、時代とともに入れ替わる
さらに感じたことがあります。
部署の優劣は固定ではなく、時代の流れによって入れ替わるということです。
この出来事はコロナ禍の最中でした。
当時、問題を押し付けた部署は
現在、業績が厳しく、事業内容を収縮するような状況にあります。
一方で、私のいる部署は新しい取り組みが次々と進み、
会社の中で存在感を増しています。
そして今また、その押し付けた部署に、問題となっている若い社員がいるのですが、
私の部署に異動させられるような気配は感じません。
その部署内の拠点をコロコロ異動している状況です。
このことから、“エース部署”は永遠にエースではないことも知りました。
今の時代ならもっと短いスパンで入れ替わることでしょう。
■制度では辞めさせられない。しかし、辞めさせる方法はある
今回の出来事は、組織の現実を静かに突きつけてきました。
制度上、病気を理由に解雇することはできません。
しかし、日々の状況を記録し、産業医の判断を得ることで、
「自主退職」という形に導くことはできるのです。
そしてもう一つ。
部署の優劣は固定ではなく、時代によって変わる。
今日の“エース部署”が、未来永劫エースである保証はない、ということです。
■この出来事から学んだこと
この出来事は、
「会社で働き続けることは、決して簡単ではない」
という当たり前の事実を、改めて私に突きつけました。
制度をいくら整えても、いくらでも裏技や抜け道があるということ、
そして、光や影となる部署は長い期間ではあるけども変わるということを、
身をもって知りました。
この2つの学んだことが、私の「会社での働き方」を決定づけたように思います。
それは次回に書こうと思います。
会社の制度については、以前にも書いています。