こんにちは😊
60歳乙女🩷のひろです。
今日はね、今まであまりブログに書いてこなかった「嫁だった頃の私」のお話です。
そういえば、自分が「嫁」だった頃のことを書くのは初めてかもしれません。
ずっと心の奥にそっとしまっていたのかな。
私の結婚式は、元旦那の実家の近くで挙げました。
私の実家からはとても遠くて、親戚も友達もほとんど来てもらえなかったんです。
今思えば、結婚生活のスタートから私は少しアウェーだったのかもしれません。
当時は「中間地点で挙げよう」なんて発想もなくて、「夫の実家の近くで挙げるのが当たり前」として進んでいきました。
元旦那の実家とは距離があったので、義母と頻繁に会うことはありませんでした。
たまに「元気にしてる?」と電話をくれたり、干物やお野菜を大量に送ってくれたり。
「こんなに冷蔵庫に入らんよ〜!🤣」と思うくらいの量で、ありがたかったです。
孫の誕生日にはお祝い、お正月にはお年玉。ありがたいことも本当にたくさんありました。
だから、義母のことが嫌いだったわけではありません。
でも……今振り返ると、やっぱり少し寂しかったこともありました。
送られてくる荷物には「孫に食べさせて」「息子の大好物だから作ってあげてね」という気持ちがいっぱい詰まっていました。
もちろん嬉しいことです。
でも、その中に「これは、ひろちゃんに♪」というものは……ほとんどありませんでした。
私は「息子の妻」であり「孫たちのお母さん」。
でも、「私」という一人の人間としては見てもらえていないのかな……そんな淋しさが、どこかにあったのかもしれません。
産後、遠くから義母が手伝いに来てくれた時のこと。
それも本当にありがたかったのですが、ある時、義母がこう言ったんです。
「近くにいる孫が『ばーちゃん、早く帰ってきて』って言ってるから帰るね」
その時、私は心の中で「……ここにも、孫がおるやん」と思ってしまいました。
産後で心細かったこともあって、あの一言は胸にキュッと刺さるくらい寂しかったんだと思います。
今なら、義母に悪気がなかったことも分かります。
普段近くにいるお孫さんに呼ばれたら、帰ってあげたくなるのも自然なことですよね。
でも当時の私は、「私とこの子は後回しなのかな……」と感じてしまっていました。
ありがたい。でも、寂しい。
嫁姑って、きっとこういう複雑な気持ちが、少しずつ積もっていくものなのかもしれませんね。
今まで書けなかったのは、嫌な思い出ばかりではなかったから。
感謝していることも、寂しかったことも、どちらも私の本当の気持ちです。
60歳になった今だからこそ、少しずつ素直な言葉にしていこうと思います。
60歳乙女🩷
過去の自分も優しく抱きしめながら、
今日もハッピーに修行中です。
「義理の実家との関係で、ずっと心を痛めてきた……」
「家族の中で『私』が見てもらえていない気がして、寂しいな」
そんな風に、誰にも言えない「嫁としての切なさ」を抱えて悩んでいる夜はありませんか?
今夜もあなたからの温かいお電話を、ゆる〜くお待ちしています。