①「性について“問う”ことは、間違いですか?」

①「性について“問う”ことは、間違いですか?」

記事
コラム
性の悩みは、
いきなり「答え」から始まることは、ほとんどありません。

多くの場合、最初に生まれるのは、
とても小さな問いです。

「これって普通じゃないのかな」
「誰にも言えないけど、ずっと引っかかっている」

けれどその問いは、
声に出される前に飲み込まれてしまうことが少なくありません。

なぜなら、性について問うことは、
どこか「いけないこと」のように
感じさせられてきたからです。

ときには、問いより先に
「これはこういうものだ」という
答えだけを抱えていることもあります。
それもまた、問いのはじまりなのかもしれません。


哲学は、もともと問いから始まる学問です。

ソクラテスは、
「自分は知らない、ということを知っている」
と語りました。

知らないことを恥じるのではなく、
分からないと問うこと自体が、
人間らしさだと考えたのです。

けれど、性のことになると、
私たちは急に
“分かったふり”を求められます。

「普通はこう」
「みんな我慢している」

その言葉が、
問いを持つ心を、静かに黙らせてしまう。


性の悩みが苦しくなるのは、
悩んでいるからではありません。

「こんなことを考えてはいけない」
と自分に言い聞かせてしまう瞬間に、
心は行き場を失います。

問いを持つことは、弱さではありません。
むしろ、自分の感覚を
大切にしている証です。

答えがなくてもいい。
ただ、問いがあることを
否定しなくていい。

次のブログでは、
「問いを持ったままでいること」について、
もう少し言葉を重ねてみようと思います。



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