可愛い、愛おしい。
そう思わなきゃいけないのに。
ふとした瞬間、目の前のお子さんに対して
「この子がいなければ、もっと自由だったのに」
「もう、顔も見たくない。どこかへ消えてほしい」
そんな真っ黒な感情が、心の底から湧き上がってくることはありませんか?
そして、そんな風に思ってしまった自分を、
「私は化け物だ」「母親になる資格なんてなかったんだ」
と、この世で一番残酷な言葉で、自分自身を切り刻んでしまう。
もし、あなたが今、その暗闇の中にいるなら、僕にだけは全部話してください。
あなたは、決して鬼でも、冷酷な人間でもありません。
「お母さん、あなたは子供を愛せなくなったんじゃない。ただ、愛を与えるための『自分の心』が、もう一滴も残っていないほど枯れ果てているだけなんです」
かつて、僕の母も、僕を見ていない瞬間がありました。
食事を作ってくれていても、隣に座っていても、その心はどこか遠い場所で、疲れ果てて座り込んでいた。
子供だった僕は、その「心の不在」に気づいていました。
でも、大人になったいま、あの頃の母に声をかけられるとしたら、僕はこう言います。
「お母さん、いいんだよ。僕を愛さなきゃって、もうこれ以上自分を追い詰めなくていいんだよ」
あなたが感じる「愛せない瞬間」は、あなたの心が「もうこれ以上、自分を削って誰かに与えるのは限界だよ」と叫んでいる、命のサインです。
そんな極限状態で愛を絞り出そうとするのは、出血多量で意識が遠のいている人に「全力で走れ」と言うのと同じくらい、不可能なことなんです。
いま必要なのは、愛を振り絞ることではなく、まずはあなた自身の出血を止める「心の止血」です。
15分だけでいい。
その、誰にも、旦那さんにさえ言えない「真っ黒な本音」を、僕のところに置いていきませんか?
「愛せない」
「逃げ出したい」
「可愛いと思えない」
その言葉を口に出したからといって、あなたが悪い母親になるわけではありません。
むしろ、その泥水を外に吐き出すことで、ようやくあなたの心に、新しい空気が入り込む隙間ができるんです。
僕は、あなたのどんな「ドロドロした感情」も、そのまま受け止めます。
それが、あの頃、孤独に耐えていた僕の母を救うことに繋がると信じているからです。
心を止血して、少しだけ自分を許してあげてください。
あなたが「ただのあなた」として息ができるようになれば、愛は、また自然と湧いてくるものですから。
僕は、ここでお待ちしていますね。