港に佇む一隻の木造船
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こんにちは!前嶋拳人です。
穏やかな入江の波間にぷかりと浮かび、潮風を受けて静かに揺れている古い木造船の姿を眺めていたことはあるだろうか。長年の航海で風雨にさらされてきた船体には幾重もの浅い傷跡が刻まれており、そこにはこの船がくぐり抜けてきた無数の荒波や、遠い海原の記憶が静かに染み込んでいるように感じられる。誰かに操られることなくただ自然のなかに身を委ねながらも、いざ海へと漕ぎ出すときには頼もしい相棒としてしっかりと波を切り裂いていくその頼もしい佇まいには、ものづくりの本質に通じるような深い味わいがある。
会社員として大きな組織のなかに身を置いていた頃の私の仕事は、どちらかというとこの木造船の旅立ちを見守ることよりも、あらかじめ整備された巨大なドックの中で、すべての安全基準や規則を寸分の狂いもなく遵守しながら大型客船を管理していくようなシステム的な統制に近かったように思う。あらかじめ決められた基準値に従って、すべての構造を完璧にコントロールすること。それは社会全体の大きな基盤を支えるうえで欠かせない、確かな安全性と信頼性を証明する誇らしい役割だった。
けれど、いつしかその管理されたドックのなかに身を置くうちに、もっと自分自身の足で潮流の匂いを感じられる場所で、その時々の環境や人々の暮らしにしなやかに寄り添うようなものづくりをしてみたいという気持ちが強くなっていった。大きな組織を離れてフリーランスという生き方を選んだとき、それはまさに自分がこの木造船のように、あらかじめ用意された港から一歩踏み出し、新しい海の風を受けて自らの舵を切りながら進んでいくような日々の始まりだった。
実際にさまざまな現場でコードを書きながら技術やプロジェクトに向き合っていると、私たちが手掛けるデジタルな仕組みもまた、この船の進み方ととてもよく似ていることに気づく。どれほど完璧な設計図を描いたとしても、それを使う人々の現実の暮らしや、日々変化していく環境に合わせなければ、本当の意味でいきた成果にはならない。あらかじめ決められた正解をただ守り続けるのではなく、その時々に起こる変化をしなやかに受け止めながら、目の前の人にとって本当に心地よい形を手探りで磨き上げていくことが大切だと実感している。
守るべき堅実な技術の土台と、外の世界へと開かれた柔軟な心。その両方を大切にしながら日々を重ねていくことで、ものづくりに対する視野はぐっと広がっていった。完璧な正解をあらかじめ固定するのではなく、その場にいる人たちと対話を重ねながら、いま必要とされるあたたかな温度を形にしていくことの面白さを噛り締めている。
今日もどこかの岸辺や仕事場で、だれかが潮風を受ける小さな船にそっと目を留めていることでしょう。私も自分の中にある静かな軸を大切にしながら、しなやかで風通しのよい一歩をこれからも一歩ずつ重ねていきたいと思います。