午後の雨が、ガラス越しにゆるやかに世界をゆがめていた。
カフェの奥、静かな席に奈央さんが座っていた。
カップから立ちのぼる湯気を見つめながら、ふとつぶやく。
「最近ね、なんだか全部が噛み合わないの。
話してるのに、伝わらない。
なんかこう…風に言葉が散っちゃうみたい」
私はそっと笑った。
「それ、水星逆行かもね」
「すいせいぎゃっこう?」と奈央さん。
「それって……もしかして、占い?」
少し警戒したような目をして、彼女は聞いた。
「占いって、当たるの?」
私は、雨粒が音もなく窓を滑り落ちるのを見ながら言った。
「当たるとか外れるとか、そういうものとは少し違うかも。
ただね……
“今の自分の心”を、静かに見つめ直すヒントになることはあるよ」
奈央さんは黙ったまま、指先でカップをくるくる回していた。
「じゃあ、水星が逆行してると、なにか意味があるの?」
「うん。“言葉のすれ違いが起きやすい時期”って、昔から言われてる。
でもね、本当は――
“どうしてそんなに伝えたかったのか”とか、
“自分の中にしまってきた願い”に気づく、きっかけの時間なんだよ」
奈央さんの視線が、ゆっくり下がって、そして遠くを見るようになった。
「私ね、たぶん…
“ちゃんと愛されてる”って感じたかったのかも。
でも言えなくて、わかってほしいばかりが前に出ちゃって…」
カップの中の紅茶が、まだほんのり温かい。
その温度に、奈央さんの表情も少しずつやわらいでいく。
「そっか…。
“どうして伝えたかったのか”か。
なんか、占いって、心の奥を鏡に映すみたいだね」
私は、うなずいた。
「そう。静かな気持ちで、心をほどいていく手がかり。
自分を大切にするための、やさしい灯り、みたいなものかも」
雨が少しずつ止みはじめていた。
濡れたアスファルトに映る空が、ほんの少し明るい。
奈央さんが微笑んで言った。
「占いって、未来を変えるんじゃなくて、
“自分と仲直りする道”を照らしてくれるのかもしれないね」