ずっと使っている仕事机の引き出しを、久しぶりに整理した。書類やコード類、もう使わないノートたちを片づけていたら、奥のほうに一枚の紙が出てきた。見覚えのない紙。日付を見ると三年前。文字は間違いなく自分の字だった。
そこには、未来の自分に宛てたメモが書かれていた。
「今のままじゃ、たぶん少し足りない。でも焦らないで。焦った分だけ、見えなくなるよ。」
正直、泣きそうになった。三年前の私は、明らかに迷っていた。自分の強みも、方向性もわからず、何かを掴みたいのに何も見えなかった。そんな時期に書いたメモが、まるで時間を越えて今の自分を励ましてくる。
「机の引き出し」というのは不思議な空間だ。しまったものを忘れさせるくせに、必要な時にだけ何かを呼び戻す。まるで未来と過去の交差点みたいだ。引き出しの中で眠っていたそのメモは、当時の私にとっての“未来予測”だったのかもしれない。
思えば、ココナラを始めたのもその頃だった。自分には何ができるんだろうと考えて、勇気を出して初めて出品した。最初の依頼は緊張で手が震えた。でも、不思議なことに、相手の「ありがとう」の一言で、全てが報われた。あの瞬間、誰かの役に立つことが、自分の未来を作ることなんだと実感した。
あのメモはきっと、「未来はまだ見えないけれど、ちゃんと来るよ」と言いたかったんだと思う。あれから三年。私はあの時より少しだけ前に進んでいる。でも、根っこの部分は何も変わっていない。迷いながら、考えながら、それでも手を動かしている。
時々、私たちは未来を遠い場所に探そうとする。けれど本当は、身近な場所にひっそりと隠れているのかもしれない。机の引き出しの奥や、古いノートの端や、送信し忘れたメールの下書きに。未来の自分は、そこから静かに語りかけてくる。「ちゃんとやってるね」って。
だから、私はまた一枚のメモを書いた。
「三年後の私へ。今は小さな挑戦を繰り返しています。うまくいかない日もあるけれど、諦めずに続けているあなたを誇りに思いたいです。」
それをそっと、同じ引き出しの一番奥にしまった。三年後、またこの机を整理する時、きっと私は今日の自分を思い出すだろう。そのとき、少しでも笑っていられたらいい。
未来の自分は、遠い場所にいない。
ちゃんと、今の私の手の中で育っている。
そしてその小さな未来の種を、私は今日も誰かの依頼の中に、言葉の中に、ひとつずつ植えている。