こんにちは!みーです。
「経験してみないと分からなかった」
先日、身近な大切な人が、そんな話をしてくれました。
その人は現在、不妊治療に取り組んでいます。
治療の経過は比較的順調なようですが、一つひとつの検査や処置には、想像していた以上の心身の負担があるそうです。
以前、不妊治療を経験した友人から「大変だった」という話を聞いたときには、「大変なんだな」「よく頑張ったんだな」と思っていたそうです。
けれど、自分自身が治療を経験して、初めて気づいたことがあったと言います。
「あのとき言っていた『大変』って、こういうことだったんだ」
その言葉が、とても印象に残っています。
今日は、そんな出来事をきっかけに考えた、人の気持ちを理解すること、そして共感することについてお話ししたいと思います。
🌱 知っていることと、経験することは違う
私たちは、日々さまざまな人の経験を見聞きしています。
妊娠や出産、子育て、病気、介護、大切な人との別れ。
自分自身が経験していなくても、知識として知っていることはたくさんあります。
誰かが大変な思いをしていると聞けば、その苦労を想像し、「つらかったね」「大変だったね」と声をかけることもあるでしょう。
もちろん、その思いやりは本物だと思います。
ただ、実際に経験してみると、それまで想像していたものとは違う現実に気づくことがあります。
身体的な苦痛だけでなく、先の見えない不安、日常生活への影響、周囲との関係。
「大変」という短い言葉の中には、外からは見えない、たくさんの出来事や感情が詰まっています。
経験して初めて、その言葉の重みを実感することもあるのだと思います。
🌷 同じ経験をしても、同じ気持ちとは限らない
一方で、もう一つ大切にしたいことがあります。
それは、同じ経験をしたからといって、同じ気持ちになるとは限らないということです。
例えば、同じ病気になったとしても、感じる苦痛や不安は人それぞれです。
同じように子育てをしていても、何を負担に感じ、何に喜びを感じるかは違います。
精神医学や心理学でも、人が出来事をどう受け止めるかには、性格や価値観、過去の経験、置かれている環境など、さまざまな要素が関係すると考えられています。
つまり、同じ出来事を経験しても、その人の感じ方まで同じとは限らないのです。
「私も経験したから、その気持ちはよく分かる」
そんな言葉が相手の安心につながることもあります。
けれど、ときには、自分の経験を基準にして、相手の気持ちを決めつけてしまうこともあるかもしれません。
自分が経験したことと、相手が経験していることは、必ずしも同じではない。
そのことを忘れずにいたいと思います。
🌿共感とは、同じ気持ちになること?
では、自分が経験したことのない出来事について、私たちは共感することができないのでしょうか。
心理学では、共感にはいくつかの側面があると考えられています。
例えば、
・認知的共感:相手の立場や気持ちを想像し、理解しようとすること
・情動的共感:相手の感情に触れ、自分自身も感情的に反応すること
難しい言葉ですが、簡単に言えば、相手の気持ちを理解しようとすることと、相手と同じような感情を抱くことは、必ずしも同じではないということです。
自分が経験したことのない苦しみであっても、その人がどんな思いでいるのか、想像することはできます。
そして、その想像が完全に正しいとは限らなくても、理解しようとすることはできます。
ただし、気をつけたいのは、自分の想像だけで相手の気持ちを決めつけないこと。
「きっとこう感じているはず」
「普通はこう思うだろう」
そんなふうに、自分の価値観を当てはめてしまうこともあります。
だからこそ、想像することと同じくらい、相手の言葉に耳を傾けることが大切なのだと思います。
☕ 分からないことを、分からないと認める
精神科の診療でも、相手の話を丁寧に聞くことは、とても大切にされています。
医師だからといって、患者さんの苦しみをすべて理解できるわけではありません。
同じ診断名であっても、症状の現れ方や生活への影響、本人が何を一番つらいと感じているかは異なります。
だからこそ、知識や経験だけで判断するのではなく、その人自身の言葉を聞くことが重要になります。
これは、日常の人間関係でも同じではないでしょうか。
大切な人が悩んでいるとき、何か気の利いた言葉をかけなければと思うことがあります。
けれど、必ずしも適切な助言や励ましが必要なわけではありません。
「どんなことが大変だったの?」
「今、どんな気持ちでいるの?」
相手が話したいと思っているときに、そんなふうに耳を傾ける。
無理に共感したり、答えを出そうとしたりせず、相手の言葉をそのまま受け止める。
それも、大切な寄り添い方の一つだと思います。
もちろん、話したくないことを無理に聞き出す必要もありません。
相手の気持ちを尊重しながら、理解しようとする姿勢を持つこと。
それが、安心して話せる関係につながっていくのかもしれません。
🍃 分からないからこそ、分かろうとする
人は、自分が経験していないことを、すべて理解することは難しいのかもしれません。
そして、たとえ同じ経験をしたとしても、感じ方まで同じとは限りません。
でも、だからといって、理解しようとすることを諦める必要はないと思います。
「分からないから、仕方がない」
ではなく、
「分からない部分があるからこそ、知りたい」
そう思うこと。
相手の話に耳を傾けたり、知らなかったことを学んだり、自分とは違う感じ方があることを認めたり。
そんな小さな積み重ねが、人と人との距離を少しずつ縮めていくのではないでしょうか。
完全に分かり合うことはできなくても、分かろうとすることはできる。
そして、分かろうとする気持ちそのものが、相手にとって支えになることもあるのだと思います。
大切な人のことを、すべて理解できるわけではない。
そのことを忘れずに、これからも相手の言葉に耳を傾けていきたいと思います。