「待つ」には、心の余白がいる

「待つ」には、心の余白がいる

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こんにちは!みーです。

子育てでは、「待つことが大切」とよく言われます。

子どもが自分で靴を履くまで待つ。
うまく言葉にできるまで待つ。
泣いたり怒ったりしているときは、気持ちが落ち着くまで待つ。

頭では、その大切さがよく分かっていても、実際に待つことは、思っている以上に難しいものです。

朝、家を出る時間が迫っているとき。
次の予定が控えているとき。
何度声をかけても、子どもがなかなか動かないとき。

「もう、お母さんがやるから」

そう言って、途中で手を出したり、子どもの手から取り上げたりしてしまうこともあるのではないでしょうか。

けれど、急いで済ませようとしたときに限って、「自分でやりたかった」と泣かれたり、機嫌を損ねて動かなくなったりすることもあります。

待たずに進めようとしたはずなのに、結果的には、もっと時間がかかってしまう。

反対に、あと少しだけ待って、子どもが「自分でできた」と満足すると、その後は案外すんなり進むこともあります。

分かっているのに、いつでも待てるわけではない。

今回は、そんな「待つことの難しさ」について考えてみたいと思います。

 私たちは、「待たなくていい暮らし」に慣れている

最近は、子育て以外の場面でも、「待つこと」が難しくなっているように感じます。

ネット通販で買ったものが、早ければその日のうちに届く。
知りたいことは、スマートフォンですぐに検索できる。
連絡も、ほとんど時間を置かずに相手へ届きます。

便利になること自体は、とてもありがたいことです。

一方で、早く届くことや、すぐに答えが分かることに慣れ、ほんの少しの時間さえ長く感じるようになっているのかもしれません。

注文した商品が届くまで一週間かかると知り、「そんなにかかるのか」と思う。

電車が安全確認で数分遅れると、何度も時計を見てしまう。

外食先で料理が運ばれてくるまでの時間にも、なんとなく落ち着かなくなる。

私たちは、待ち時間そのものよりも、「自分が思ったとおりに進まないこと」に心を乱されているのかもしれません。

 待てる人は、我慢強い人?

急かさず、苛立たず、相手のペースを受け止められる人。

予定どおりに進まなくても、「まあ、そんなこともある」と構えられる人。

そんな人を見ると、「おおらかで素敵だな」と思います。

けれど、「待てる人」と「待てない人」の違いは、性格や我慢強さだけではありません。

時間に余裕がある日なら、子どもがゆっくり支度をしていても見守れるかもしれません。

よく眠れて、体調もよく、気持ちが満たされているときなら、電車が少し遅れても、それほど気にならないでしょう。

反対に、疲れているときや、次の予定に追われているとき、頭の中が考えごとでいっぱいのときには、ほんの数分を待つことさえ苦しくなります。

人は心身に余裕がなくなると、感情を調整したり、予定外の出来事に柔軟に対応したりすることが難しくなります。

待てるかどうかは、その人のおおらかさだけではなく、そのとき、心の中にどれだけ余白が残っているかにも左右されるのだと思います。

 「待てない自分」を責める前に

子どもに「早くして」と何度も言ってしまった日。

少し待てばよかったのに、途中で手を出してしまった日。

そんな日は、自分のせっかちさや心の狭さを責めたくなることがあります。

けれど、待てなかった自分を責める前に、少しだけ自分の状態に目を向けてみてください。

「今日は時間に追われていたな」
「思っていた以上に疲れているのかもしれない」
「今の私には、待つための余白がなかったんだな」

余裕がないと気づいたからといって、その場ですぐ穏やかになれるわけではありません。

それでも、ただ「私はダメだ」と責めるより、次にできることが少し見えやすくなります。

明日は、家を出る準備を少しだけ早く始めてみよう。
今日は、やることを一つ減らしてみよう。
待てないほど疲れているなら、まずは自分を休ませよう。

「もっと我慢強くならなければ」と頑張るより、自分の中に小さな余白をつくることが、結果的に誰かを待てることにつながるのかもしれません。

 待つことは、相手に時間を渡すこと

待つことは、ただ何もしないことではありません。

相手が自分でやってみる時間を渡すこと。
気持ちを整理する時間を渡すこと。
自分のペースを取り戻す時間を渡すこと。

子どもに限らず、誰かを待つことには、「あなたの時間を尊重しています」という意味も含まれているように思います。

悩みを打ち明けた人に、すぐ答えを出すよう求めないこと。

言葉に詰まっている人の話を、先回りしてまとめないこと。

気持ちが落ち着くまで、そっとそばにいること。

人の心には、その人なりの速度があります。

周囲から見ると立ち止まっているように見えても、その人の中では、少しずつ気持ちを整理していることもあります。

答えを急がせず、その人が自分の言葉を見つけるまで待つことも、大切な支え方の一つです。

 いつでも待てなくてもいい

とはいえ、いつでも穏やかに待てる人になろうとすると、それ自体が新しい負担になってしまいます。

時間がない日もあります。
心に余裕がない日もあります。
どうしても急がなければならない場面もあります。

だから、「早くして」と言いたくなったときに、ほんの一度、立ち止まれたらそれで十分なのだと思います。

今、本当に急ぐ必要があるのか。
あと少しだけ待てそうか。
それとも今は、どうしても待てないときなのか。

待てないときには、無理に理想の自分になろうとせず、

「今は急いでいるから、少し手伝わせてね」

と伝える方法もあります。

「待つ」ということは、相手に時間を渡すことだけではありません。

自分の疲れや焦りに気づき、今の自分にどのくらい余白があるのかを知ることでもあります。

誰かを待てないと感じたときは、自分の性格を責めるのではなく、

「今の私は、少し余白を失っているのかもしれない」

と考えてみるといいかもしれません。

誰かに優しく待ってもらうことで、少しずつ心を整理できることもあります。

そして、自分の心に余白が戻ったとき、私たちはまた、誰かの時間を待てるようになるのだと思います。

皆様の生活が少しでも快適になる役に立てますように。
ではまた👋

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