『正しさの檻』第七章:視線の先に

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長期インターンも、もう慣れた。
最初はがむしゃらに取り組んでいたけれど、最近はどこか退屈に感じる。
どれだけ大きな仕事を任されても、結局は雑務の延長。
説明会も、最初こそ新鮮だったけど、何度も聞くうちに話の内容もパターンも分かってきてしまった。
面白くはあるけれど、どこか薄っぺらく感じるようになった。

今日は面接に来る学生の受付担当。
書類にサインをもらい、記録をつける。ただの作業。

午前の面接が終わったあと、あの人とNATSUさんがロビーで話しているのが見えた。

「ヤバいね、あの子」
「はい。素晴らしい学生でした」

相当気に入られた学生がいたらしい。
なぜだか、気になった。

「誰ですか?」

「AYUMIさん。国際基督大学の学生です」

履歴書と面接シートを見せてもらった。
評価が異様に高い。私なんかよりも、ずっと。

(……どうして?)

「何がそんなにすごいんですか?」

思わず聞いていた。
彼女のどこが、自分より優れているのか、納得できなかった。

NATSUさんは少し目を伏せ、柔らかく答えた。

「私にはわからないよ」

(嘘だ)

彼女は、物事の本質を見抜く力を持っている。
それなのに「わからない」なんて、あるわけがない。

諦めず、角度を変えて聞いてみた。

「彼女のどこを評価されたんですか?」

ワッフルを齧りながら、コーヒーを飲んでいた彼に問う。

「目だよ」

一言だけだった。

「……目?」

すぐには意味が理解できなかった。

「じゃあ、私の目はどうなんですか?」

気づけば、口にしていた。

彼は軽く笑った。

「だから、君は優しいって言っただろ?」

——優しさ?
それが、評価に繋がるの?

彼は続けた。

「AYUMIには『愛』がある。人を癒す力があるんだ」

ますます理解できなかった。
私には、彼女の『愛』とやらが演技にしか見えなかった。

(むしろ、演技がうまいだけなんじゃないの?)

「私も、面接に入らせてください。勉強のために」

自然と、言葉が出ていた。

空気が、少し張りつめた。

彼の面接の書記は、いつもNATSUさんと決まっている。
そこに私が入るなんて。

彼はNATSUさんに視線を送る。
NATSUさんは、静かに一言。

「用意してあります」

面接シートと履歴書が、私に手渡された。

その瞬間、二人の呼吸の合ったやり取りに、嫉妬を覚えた。
どうして、こんなにも自然に連携が取れるのか。
どうして、彼は私よりもNATSUさんを信頼しているのか。

(私の方が、彼のこと、理解しているはずなのに)

面接の時間が近づいていた。
冷静を装いながらも、心の奥では焦りが募る。

ただの書記ではなく、彼のやり取りを間近で感じたい。
彼の価値観を、もっと知りたい——そう思った。

面接が始まる。

面接官として座る彼。
隣で書記を務める私。
私は彼の一挙一動を見逃さないよう、目を凝らした。

——でも、すぐに違和感を覚えた。

私のときと、明らかに違う。
学生ごとに、質問がまるで変わっている。
テンポも早くて、ついていけない。

ふと、学生が涙を流していることに気づく。

(……何が起きてるの?)

彼は「愛」について問いかけていた。

明らかに、さっきのAYUMIさんの影響だ。
今の彼の関心は、「愛」に向いている。

「愛する人が罪を犯しても、君はその人を愛し続けることができるかい?」

(……なんて質問)

私は、無理だ。
それが正しいと思っている。

でも、「愛します」と答える学生がいた。

彼は静かに微笑みながら言った。

「君は本気で言っているね。愛は与えるもの、と理解している」

そして優しく続けた。

「また話せたらいいね」

——何なの、これ。

面接が終わった。

私は、釈然としなかった。

「愛します」と答えた学生の評価が最も高く、
私が「優秀」だと感じた学生は、ギリギリで合格だった。

納得がいかなかった。
私はNATSUさんに、食い気味で尋ねた。

「評価基準が、よくわかりません」

NATSUさんは少しだけ目を細めて、言った。

「あの人が、全てだから」

(……そんな属人的な評価で、いいの?)

彼女は面接シートを覗き込み、ふと呟く。

「ちょっと、見せて」

数秒の沈黙の後、さらっと言った。

「私となら、そのギリギリ評価の子、不合格だったかも」

——え?

「あなたが不満を持ちそうだから、合格にしたのかもね」

その一言に、カッとなった。

「私が邪魔したとでも?」

NATSUさんは何も言わず、静かに微笑んだ。

胸の奥で、何かがざわついた。

——私の評価基準と、彼の評価基準は違う。

それが悔しかった。
納得できなかった。

彼の「愛」という基準が、私には理解できない。

(私は、そんなふわっとした感情論じゃなくて、もっとちゃんとした基準で判断できるのに)

心のどこかで、そう思っていた。

——私の方が、正しいはずなのに。

MARIの精神は、じわじわと乱れていった。
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