長期インターンシップが始まった。
ついに、あの人たちのチームに入ることができた。
MARIは、胸の高鳴りを押し殺しながら、その場に立っていた。
期待と不安。焦りと歓喜。相反する感情が、波のように胸を打つ。
──ここからが、本当の勝負だ。
このチームには約20人のスタッフがいる。
皆、洗練されていて、優秀で、無駄のない動きで仕事をこなしていた。
私は、この人たちの輪に入らなければならない。
入って、存在を証明しなければならない。
まずは、愛想よく振る舞うことから始めた。
タイミングを見計らって話しかけ、共通点を見つけ、笑顔を絶やさなかった。
無理に自己主張はしない。でも、決して埋もれないように、さりげなく存在感を示した。
──この人たちに気に入られたら、きっと生き残れる。
気づけば、周囲は私を受け入れ始めていた。
「頑張ってるね」「飲み込み早いね」そんな言葉が、日常の中に増えていった。
そのたび、胸の奥がじんわりと温かくなる。
──私は、正しい努力をしている。
──評価されるのは当然だ。
──これは、私の実力の証明。
そう、自分に言い聞かせていた。
彼の専属の面接書記──NATSUさん。
彼女だけは、他のスタッフとは違っていた。
物静かで、表情をあまり崩さず、何を考えているのかわからない。
私は、彼女に丁寧に挨拶をした。
「よろしくお願いします」
すると、クールな微笑みとともに「よろしく」とだけ返ってきた。
その一言に、何か含みを感じたのは気のせいだっただろうか。
私のことを警戒している? それとも、見透かしている?
──でも、そんなこと気にしている暇はない。
私は、彼の面接に入りたかった。
もっと彼の考えを知りたかった。
その言葉の裏にある本質に、近づきたかった。
思い切って、NATSUに尋ねた。
「彼の面接を見学させてもらえますか?」
NATSUは少し間を置いて、静かに言った。
「大丈夫じゃないですか?あなたなら。」
その言い方が、少し引っかかった。
まるで、試されているような──それとも、諦めているような。
そして、彼女は視線をそらさずに、こう続けた。
「……ただし、あの人の邪魔はしちゃダメよ。」
背筋がぞくりとした。
彼女は、私の何を見抜いたのだろう。
この言葉に、どんな意味が込められていたのだろう。
でも、深くは考えなかった。
今はただ、目の前のチャンスを掴みたかった。
SHIHOさんがいない。
「あの人は?」と聞くと、スタッフがさらっと言った。
「最近はほとんどテレワークだよ。あんまり来ない。」
──むしろ、チャンスだ。
彼女の視線がない今、私はもっと自由に動ける。
彼に近づくためのハードルが、一つ消えた気がした。
説明会が始まる。
彼の話を聞こうと、多くの学生たちが会場に集まっていた。
窓から差し込む光が、張り詰めた空気を少し和らげていた。
「人は、何のために生きていると思う?」
その問いが投げかけられた瞬間、空間の温度が変わった。
ありふれた企業説明会ではない。
それは、まるで人生そのものを問う舞台だった。
彼の話は、哲学や宗教、価値観の本質に触れていた。
参加者は皆、彼の言葉に吸い込まれていく。
自分自身の「当たり前」が揺らぎ、再構築されていく。
──私は、この瞬間を待っていた。
彼の言葉を、ノートにびっしりと書き写した。
自分なりに要点を整理し、図解にし、コメントを添えた。
すぐにレポートをまとめ、スタッフに提出した。
「すごいね、よく理解してるね」
「このまとめ方、なかなかできないよ」
褒められた。評価された。
その言葉が、私を満たしていった。
──私は、彼の考えを理解できている。
──だから、認められるのは当然だ。
──これは、私の価値だ。
そう思った。そう信じた。
そして、気づかないふりをした。
私がまとめた言葉が、ただ彼の言葉をなぞっただけではないかということ。
私の理解が、実は本質に触れていないのではないかということ。
──そんなこと、考えないことにした。
だって、私は努力している。
正しく努力している人間は、正しく評価されるべきなのだから。
けれど──
ある日、彼が私の前を通り過ぎた。
何も言わず、目も合わさず、まるでそこに私がいないかのように。
──その意味を、考えないようにした。
私は、彼に気づかれたかったのだろうか。
それとも、自分自身に証明したかっただけなのだろうか。
わからない。けれど、あの瞬間だけは。
私の「価値」が、ほんの少しだけ、ぐらりと揺れた気がした。