MARIは、指定された日時に千代田区のオフィスを訪れた。
エントランスに足を踏み入れた瞬間、その洗練された雰囲気に圧倒される。床から天井まで続くガラス張りの壁、整然と配置された観葉植物、社員たちの静かでありながら自信に満ちた動き——すべてが、ここがただの企業ではないことを物語っていた。
「MARIさん、ようこそ。」
先日、合同説明会で声をかけてきた若いスタッフが笑顔で出迎えた。
「今日は特別に個別説明を用意しました。」
その言葉に、彼女は心の中で小さく笑った。特別扱いされるのは気分がいい。彼が私を「優秀」だと思っているのが伝わる。私は平静を装いながら、微かに頷いた。
“本物”の存在
説明会が終わった後、MARIはビルの喫煙所へ向かった。タバコを取り出し、火をつける。
すると、先ほどのスタッフたちがやってきた。
「あれ?君、タバコ吸うんだ?」
「はい。」
「意外だね。」
このやり取りは、彼女にとって馴染みのあるものだった。驚かれるのは狙い通り——ギャップは、相手に印象を残す。
彼らと軽く雑談を交わしていると、喫煙所のドアが開いた。
背の高い、40代の超絶お洒落な男性。そして、その横には、覇気を纏った小柄な20代の女性。
彼らが現れた瞬間、周囲の空気が変わった。
「お疲れ様です!」
スタッフたちが彼らに向かって挨拶をする。
女性は柔らかく微笑み、軽く頷いた。男性も視線だけで反応する。
MARIは直感した。この二人は、“本物”だ。
男性の着こなしは完璧だった。オーダーメイドと思われるスーツに、洗練されたネクタイ。まるで雑誌から抜け出してきたかのような風格があった。
女性は対照的に、カジュアルな服装だったが、その眼光は鋭く、明らかに只者ではないオーラを放っていた。
若いスタッフが、MARIを紹介した。
「彼女の面接、お願いします。」
男性がMARIを一瞥する。
「へぇ。なるほどね。」
女性も、ふーん、と似たような反応をした。
食いつかない
MARIは違和感を覚えた。
これまで、彼女がどこへ行っても「優秀な学生」として扱われてきた。自分を印象付けることには慣れている。だが、この二人は、まるで彼女に対して特別な興味を示していない。
ならば、自らアピールするまで。
彼女は口を開いた。
「ワインレストランでアルバイトしています。ソムリエの勉強もしていて——」
つい、必死に語ってしまった。
しかし、男性は一言、「面接で聞くよ」とだけ答えた。
そして、二人は彼女の存在を忘れたかのように、まったく別の話を始めた。
次元が違う会話
仕事の話なのか、ビジネスの未来についてなのか、彼女には理解できない内容だった。だが、その会話には確かな熱量があった。
「……あの二人、何者ですか?」
MARIは隣にいたスタッフにそっと尋ねた。
「天才だよ。」
彼は即答した。
「普通の人間にはついていけない世界に生きてる。でも、あの人の面接は受けた方がいい。」
彼の言葉は、不思議とMARIの中に残った。
“普通の人間にはついていけない世界”。
興味がないわけではない。むしろ、悔しい。
自分が、“そこに届かない側の人間”だと突きつけられたような気がして——。
ならば、試してみよう。
MARIは面接を申し込んだ。一次面接の担当は、あの覇気を纏った女性らしい。
オフィスを後にする頃には、心の中に妙なざわつきが残っていた。
次の面接が、彼女の「正しさ」を揺るがすものになるとは、この時はまだ知らずに——。