専門用語をなくせ、という話ではありません
「専門用語を使わないようにしましょう」
よく聞く話ですよね。
でも、ここで言いたいのはそれではない。
専門用語は、同じ知識や経験、文脈を共有している人同士なら、情報をぎゅっと圧縮して届けられる便利な道具です。
忙しい現場で、いちいち一から説明し直していたら仕事は回らない。
それは間違いなく事実です。
問題は専門用語そのものではありません。
共有範囲を意識しないまま、圧縮された言葉を、その前提を共有していない相手にそのまま渡してしまうこと。
ここにある。
専門用語を使っている自覚がない
現場では、その言葉を専門用語として使っている自覚自体がないことがあります。
毎日使ううちに、それがただの「普通の言葉」になっていくからです。
長く同じ現場にいる職員同士なら、
「昨日、Aさんちょっと不穏だった」
この一言で、ある程度は通じてしまう。
悪いことではありません。
同じ船に乗っている人同士なら、圧縮された言葉でも意味が通じます。
問題は、その船の外にいる人が相手になったときです。
・家族
・新人
・異動してきたばかりの職員
・他職種
・一般の読者
同じ言葉を知っていても、共有している文脈の量がまるで違う。
話す側は伝わったつもり、聞く側は推測している
このズレは、新人教育の場面でとくに起こります。
新人さんは「それってどういう意味ですか」と聞きにくいものです。
だから、話す側は「伝わっている」と思っている。
聞く側は「たぶんこういう意味だろう」と推測している。
というすれ違いが起きます。
誰が悪いわけでもない。
共有している前提が、ただ違うだけです。
「この人、ADL落ちてるからトイレ介助お願い」
新人が「ADL」という言葉を知っていても、具体的に何ができなくなったのかまでは分からないことがあります。
「以前は一人でトイレまで歩けていたけど、今は立ち上がるときに支えが必要だから、トイレまで付き添って」
こう言えば、必要な行動まで伝わります。
専門用語の意味を知っていることと、その場で必要な情報が共有できていること。この二つは、案外別の話です。
記録になると、この問題はさらに大きくなる
会話なら、その場で聞き返せます。
記録は、そうはいきません。
「記録に『不穏』とだけ書かれていても、何を指しているのか分からない」
こう指摘されたことがある人は、少なくないはずです。
現場でその人に関わっている職員なら、「不穏」の一言である程度状況をイメージできます。
でも、現場以外の人がその記録を読んだとき、本当に同じように伝わっているでしょうか。
介護・看護の記録は、その場にいた職員だけが読むとは限りません。
後から別の職員が読むこともあれば、申し送りやケアの検討に使われることもある。
本人や家族が開示を受けることさえあります。
「その場にいる人には分かる」ことと、「記録として後から読んでも伝わる」ことは、別物です。
記録を書いた時点で、誰が後から読むかは決まっていません。
明日の新人かもしれない。
異動してきたばかりの職員かもしれない。
「自分たちには分かるから大丈夫」ではなく、「その場にいなかった人が読んでも、何が起きたのか追えるか」
この視点が要る。
夜間、不眠あり。
これだけで終わらせず、
本人より「眠れない」との訴えあり。
23時に入眠したが、1時、3時に覚醒している様子があった。
ここまで書く。
長く書くことが目的ではありません。
カテゴリーの根拠となる事実を残すこと。
それが目的です。
圧縮されているのは「行動」だけじゃない ── 不穏・不眠・自己抜針
ひとつの専門用語には、複数の情報がまとめて圧縮されていることがあります。
3つの言葉を例に、その圧縮のされ方の違いを見ていきましょう。
分類を覚えることが目的ではなく、「この言葉には何が圧縮されているんだろう」と考える視点を持つことが目的です。
不穏
「夜間、不穏あり」
現場では通じても、実際に何が起きたのかは見えにくい言葉です。
医学的な定義をここで確定させるつもりはありません。
あくまで現場で使われる表現として、具体的な行動・場面・それを見た職員の評価。
そういうものが一つの言葉にまとめられている、という構造の話です。
不眠
「不眠あり」
大きなカテゴリーとしては分かりますが、その内側にある情報は分かりません。
・夜中に何度も目を覚ましていた
・なかなか寝付かなかった
・本人が「眠れない」と訴えていた
・職員から見ると眠っているようだが、本人は眠れていないと言っている
これ、全部「不眠」でまとめることはできます。
でも記録として重要なのは、寝付けなかったのか、何度も覚醒したのか、本人の訴えなのか職員の観察なのか。
その違いです。カテゴリーを否定するのではなく、そこに入れた根拠を開く。それだけの話です。
自己抜針
「自己抜針したため、再度ルート確保」
専門職には通じても、一般読者には「自己抜針」という語彙そのものが共有されていません。
「点滴の管を自分で抜いてしまったため、もう一度点滴を入れ直した」
こう書けば、状況が見えてきます。
不穏は場面・行動・評価が圧縮されている。
不眠は状態や情報源が一つのカテゴリーにまとめられている。
自己抜針は、専門職側で共有されている語彙そのものが読者には共有されていない。
同じ「専門用語」でも、圧縮されているものの種類は違うのです。
「ほどく」とは、言い換えじゃない
専門用語を一般語に置き換えるだけでは足りません。
それでは半分しかやっていない。
⒈その専門用語が、何を圧縮しているのかを確認する
⒉相手に必要な部分を見極める
⒊必要な部分を開く
⒋必要であれば、具体的な場面・行動・発言まで戻す
「ADLが低下している」を「ADLとは日常生活動作のことです」と説明するだけでは、まだ足りません。
何ができなくなったのか。
以前と比べてどう変わったのか。
本人にとって何が困るようになったのか。
ここまでを、相手に応じて開く必要があります。
専門用語をほどくとは、難しい言葉を簡単な言葉に置き換えることではありません。
一つの言葉にまとめられている情報を開き、必要な違いが分かる状態に戻すことです。
誰に、どこまでほどくか
一律に専門用語をなくす必要はありません。
相手によって、開く量は変わります。
専門職同士なら、圧縮されたままで問題ないことが多い。
新人には少し開く。
異動してきた職員には、共有されていない部分を開く。
家族には、より具体的に説明する。
一般読者には、必要に応じて具体的な場面まで開く。
大事なのは「専門用語を使わない」というルールではありません。
誰に向けて、どこまでほどくのかを、そのつど考えること。それに尽きます。
「大きなカテゴリー」と「実際に起きたこと」
ここまでの話を、一度整理してみます。
「不穏」「不眠」「自己抜針」は、それぞれ違う情報を一つの言葉にまとめています。
専門用語は、こうした複数の情報をひとまとめにする「大きなカテゴリー」として機能することがある。
だからといって、カテゴリーそのものをなくす必要はありません。
必要なのは、場面によって、その内側にある情報を開くことです。
専門用語をほどくとは、カテゴリーを否定することではない。
そこに含まれている必要な情報や、カテゴリーに入れた根拠を開くこと。
不穏・不眠・自己抜針の例も、記録の話も、根っこは同じです。
明日から試せる、5つの問い
この言葉には、何が圧縮されているんだろう?
この言葉を、相手は自分と同じ文脈で受け取れるか?
「できごと」「観察」「本人の発言」「自分の評価」は分けて書けているか?
その場にいなかった人が読んでも、何が起きたのか追えるか?
カテゴリーの根拠となる情報は残っているか?
すべての記録でここまで丁寧にやる必要はありません。
迷ったとき、立ち返るための問いです。
おわりに
この記事で持ち帰ってほしいのは、「専門用語を使わないようにしよう」という結論ではありません。
自分も、分かったつもりで専門用語を使っているかもしれない。
この言葉の中には、何が圧縮されているんだろう。
記録を書くときには、
現場では分かる。
でも、その場にいなかった人が読んでも分かるだろうか。
そう一度立ち止まれるようになったら、十分です。
あとは明日の記録や引き継ぎで、少しずつ試してみてください。