私と母、そして娘の話①

私と母、そして娘の話①

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〜原宿まで2時間半。親に反発していた10代の頃〜

なぜ私だけこんな場所にいるんだろう

実家は、原宿までドアツードアで
2.5時間ほどかかる東京へギリギリの通勤圏にありました。

10代のころの私は
「どうして自分はこんな不便な場所に
住まないといけないんだろう」と
ずっと不満を抱えていました。

当時、オリーブやMCシスター、宝島、CUTIEといった
雑誌に出てくるような東京の私立校に通う読者モデルたちを
見るたびに、腹が立つというか
やり場のないモヤモヤを感じていたのを覚えています。

渋谷や新宿のライブハウスに行くこともあったから
交通費はかかるし、22時前にはライブハウスを出て
駅に向かわないといけないし

「都会に住んでる人より楽しみが少なくない?」
「世の中はなんでこんなに不公平なの?」と

そんな思いが強すぎて
親に対しては普通の反抗期以上の
反感を持っていました。

いい人ではあるけれど、片田舎で変わり映えのない日々に
満足している、学のない両親をリスペクトする気持ちは
まったく持てず、ただ冷ややかな視線を向けていたように
思います。

親と距離を置いていた独身時代

だからといって、
完全に縁を切っていたわけではありません。

好きではないけれど関係は保っていたので
お盆と正月くらいは帰省していました。

付かず離れずというよりは、
最低限のつきあいだけを淡々と続けているような、
そんな冷めた親子関係でした。

頼ることで少しずつ変わり始めた関係

そんな母との関係に変化が訪れたのは
私がいわゆる「おめでた婚」をして
子供を産んでからのことでした。

元夫はカフェの雇われオーナーをしていて
朝から晩まで休みなく働いていました。

たまの休みの日も
目覚めた瞬間からお酒を飲んで
ぐったりしている状態です。

初めてリアル千鳥足も見ました(笑)

とてもじゃないですが
子育ての手伝いを頼めるような状況ではありませんでした。

ワンオペでの育児に限界を感じていた私を救ってくれたのは
かつて反発していた両親でした。
(続く)
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