突然のお別れと、残された問い
よっしーとの連絡が途絶えてから、2年ほど経ったでしょうか。
よっしーと私の子供が同じ年だったこともあり、ふと思い立って
「最近、○○ちゃん元気?」とLINEを送りました。
けれど、既読にならない画面を見て、ブロックされたのだと
察しました。
「さみしいけど、元気でやってるなら、それでいいよね」
そう自分に言い聞かせていたところ、オフ会仲間から久しぶりに
飲みに誘われました。ひとしきりお互いの近況報告をして盛り上がった後
「ひよりさんは知らないと思うんだけど...」
それは、よっしーが突然亡くなったという悲報でした。
実はその飲み会、よっしーのことを私に伝えるために仲間が
開いてくれたものだったんです。
頭が真っ白になりました。
よっしーはまだ50歳手前。まだまだ活躍できる年齢でした。
でも根っからのハードワーカーで、いつも仕事を優先して
走り続けていました。
だから、私はよく彼に声をかけていました。
「朝ごはんはチロルチョコだけじゃダメだよ」
「ジムに行くよりも睡眠とりなよ」
「そんなに無理しなくても大丈夫なんだからね」って。
けれど、きっと彼は足を止めることができなかったのでしょうね。
多忙な日々の中で、色々な負担が重なっていたのかもしれません。
知らせを聞いて、抑えきれない思いが胸に込み上げました。
もし、あのまま彼のおしゃべり相手を続けていたら?
彼がふと息を抜ける場所を失わずに済んでいたら、何か違っていたのかな。
自分がそこまで特別な存在だったと思い上がるつもりはありません。
勝手なエゴかもしれないです。
それでも、「もしも...」という問いかけが頭を離れませんでした。
どんなに順風満帆に見える人でも。
周りに大切な家族や友人がいたとしても。
人はだれだって、「何の利害関係もなく、他愛もない話ができる相手」を求めているのかもしれません。
家族を思うからこそ見せられない弱音。
仕事の現場で重ねている気苦労や緊張。
「いま移動中」と口実を作って、何でもない会話でふっと心をゆるめる時間。
よっしーにとって、あの電話が「深呼吸できる場所」だったのだとしたら。
どれほど恵まれているように見えても、人は心の中に、
だれにも言えない孤独や緊張を抱えていることがあります。
彼が残してくれた思い出は、今も私に教えてくれています。
誰かの「話し相手」になることの優しさと。
素の自分でいられる場所を持つことの大切さを。