こんにちは、効率オタクです。
(間違えて告知で書いてたようなので、ブログで書き直しました。)
血液型の考察がまた進んだので書いてみます、最近こればっかりですね...今回は最初に書いた次元に置き換えたところをもう少し整理できたので、その点についてです。最も大事にしている部分は、人は軸をいくつ持てているのかということです。人は本当に3次元を正確に把握しきれているのか?という疑問を以前書いたと思います。最大で2軸しか持てておらず残り1軸は情報で補っているのではないか?これの謎解きでもあります。
私は「人×物事=事象」を「人(B)×物事(A)=事象(O)」と置き換えて考えてみました。まずA軸とB軸は存在すると仮定します。迷っていたのはO軸をどう扱うかでしたが、Oは「結果」であり観測されて初めて現れるもの。この解釈なら、軸というよりはABの軸から一時的にはみ出して出てくるものとしてとらえた方がしっくりくる。つまりOは軸として認識せず、フリーな状態にして可能性を残すほうが良いという結論に落ち着きました。
ここから各型について考察してみます。
まずO型。これは0軸としました。AB軸を持っていないため、その部分を情報で補っている可能性が高いのではないかと考えています。高学歴の方でも自分軸より他人軸に重きを置いている傾向があり、それが決め手になると思います。あまり自分を前に出さない、事象(結果)についても「○○かな~」と断定を避けるのも特徴的です。世間では「おおざっぱ」と言われがちですが、むしろ「大らか」という言葉のほうが近い気がします。共感が強く出ているとも言えるでしょう。父のように流されやすいタイプもいますし、学びや経験よりも情報を優先するのでコミュニティに左右されやすい特徴もあると思います。
この血液型の考察は父の独特な視点から始まったのですが、O型は唯一「=」の右側、すなわち結果の位置にいるため、その印象を受けやすかったのかもしれません。この整理をしてから、自分の中でもすっきりしていて、むしろ分かりやすいのではないかという感覚に変わってきています。
次にAB型、2軸持ちです。羨ましい存在ですね、ある意味最強と私は思っています。二面性があるとも言われますが、実際には世渡り上手が多いのだと思います。それだけ2軸を持つことの優位性が大きいということです。例えばたこ焼きを焼くショート動画でも、一人だけお好み焼きを焼いていました。「お腹に入れば同じでしょう」と。AとBの切り替えを便利に感じていて、「なぜみんなこれが分からないの?」と思っている人もいるのかもしれません。他人と違う行動をしていても気にならないのは、その2軸の強みゆえなのかもしれません。
次にA型とB型は1軸持ちと考えています。考察に踏み込めていなかったAA,BBも同様です。A寄りかB寄りかは人それぞれですが、足りない部分は情報で補っている印象です。A型は物事や理屈に自分軸を置いて論理的に進めていくタイプ、B型はコミュニケーションを中心に物事を進めるタイプ。いずれも汎用性はありますし、A型であってもB的な要素が強く出る人も珍しくありません。
ここで少し視点を広げ動物の世界を見てみます。チンパンジーは賢く人間に近いとされていますがA型とO型しかないようなのです。つまり1軸しかない可能性が高いです。賢さではなく種の繁栄、この視点で見るとAB型がある種は大繁栄してるケースがあります。猫がその代表格になるのですがA,B,ABがありOがありません。獲物がいればすぐ反応して飛びかかれ、後のことは飛んだあとに考えろ的な感じですよね。運動神経と反射神経がずば抜けて良いのですが以外とどんくさい一面を持ち合わせているのはO(事象、結果)がないからなのかな?と考えると妙な納得感があります。種の繁栄この観点から考えると大成功ですよね、やはり2軸ある可能性が高いです。ここで2軸あると何が優れるのか、それはおそらく情報。より多く、より質の高い情報を共有できていて、他の種よりも繁栄できているのかもしれません。
この観点からすると、2軸あると「情報の質と量」において他よりも優れている可能性があります。人間のAB型の方は、A,B,O型の方には見えていないものが見えているのかもしれません。ただ注意したいのは視野の広さです。AとBの切り替えによる便利さは目先の問題には強いです。ですがこれは中長期の視点とはベクトルが相反することも多いです。つまり「目先のことしか考えない」「その場しのぎ」時間の軸が短い時に使われる言葉ですがあまり良い表現ではありません。同様に物事の捉え方も「目先」や「その場」だけでなく全体像のを把握しているかも重要です。なので視野の広いAB型の方は私はかなり貴重と考えており、一見おかしな行動みえるかもしれませんが、隠れた価値を見出している可能性が高いと考えています。
今回は各血液型の軸がいくつあるかを暫定的に定義したことになります。今後はこの定義に違和感がないかを確かめつつ、もう一つ大事なのが「情報」です。人はどれくらい情報に左右されているのか、これを考察していく感じです。これは非常に広義なテーマなりますが、最低限でも「過去(学び・経験)」と「未来(希望・憶測)」の2つに分けて考える必要があると感じています。ただ、どう検証していくかはまだ全く見当がついていません...