「選ぶ」を前提にすると? 考察②

「選ぶ」を前提にすると? 考察②

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こんにちは、効率オタクです。


 前々回は、若者の思考が「考える」よりも「選ぶ」を重要視しているのではないかと考えました。そこから更に考察が深まったのでもう一つの事例を書いて最後にまとめてみたいと思います。

 もう一つの事例は原因特定の場面です。

 例えば、社内クレームが発生したとします。その際、私たちは必ず原因を特定し、対策を立てます。そして、その過程で避けて通れないのが当事者への確認です。原因を問われるのは嫌かもしれませんが、これは当事者にしか分からないと言われている事です。

 他の人が「これが原因だろう」と推測することはできますが、それはあくまで憶測にすぎません。場合によっては当事者は何も間違ったことはしておらず、調達クレームであったりするケースもあります。そんな時、当事者に確認を怠ると、対応が後手に回り、二次被害に繋がることもあるのです。

 ですので、製造業ではクレームやトラブルが発生した際、まずは当事者にしっかり確認を取ることが基本となっています。

 ここで一つの矛盾に生じます。これは、私が新入社員の頃に経験したことです。

 自分が担当した作業に不備があったのですが、当時の私はその原因に
まったく心当たりがなかったのです。何故かと言うと教えられていなかった部分、いわば「教え漏れ」が原因だったからです。言われた通りに作業していた自分には、どこが問題だったのか検討もつきませんでした。

 つまり、「原因は当事者にしか分からない」と言っておきながら、当事者である私が、原因に辿り着けなかったわけです。ここに矛盾があるのです。

 では、どう対応すればよいのか。

 ある程度、工程全体を俯瞰できるようになってくると、不具合が発生した時点で「原因になりえる可能性のあるもの」の、絞り込みができるようになります。ただし、それはあくまで推測の域です。

 そこで重要になるのが、「原因の可能性をいくつか提示する」というアプローチです。

「今までこの工具、どうやって使ってた?」
「この操作って教わったことある?」

 このように原因になり得る候補を、ある程度の当事者に提示していきます。すると、当事者から「それ、教わってませんでした」「理解できていなかったかもしれません」といった言葉が返ってくるのです。

 このやり方は非常に効果的です。「原因は当事者にしか分からない」という原則と、「当事者が原因を知らないことがある」という矛盾を、自然に解消してくれます。

 ここでふと思ったのです。水準を高めた領域には「選ぶ」もしくは「それに準ずる」意味が含まれているのではないかと。


 全体を簡単にまとめてみます。

 若い世代の方は先入観が少なく、素直な感性があります。私が今回の考察を始めたきっかけも、若者が使っている言葉の中に「選ぶ」という行為が重視されていると感じたことでした。

 最初は、遊びに関する話題からでした。私たちの世代だと「どう遊ぶか」がテーマでしたが、今はすでに「楽しい」が飽和しているような状況。遊びの水準がとても高くなっていて、「何で遊ぶか」を選ぶだけで、十分すぎるほど楽しめてしまう。この感覚が、今回の考察のヒントになりました。

高い水準に達した世界では、「選ぶ」という行為が自然と現れてくるのではないか、そんな仮説が浮かんできたのです。

 今回挙げた二つの事例、技能の教育と原因の特定。これらは私の中では、いずれも水準が高い領域に入ると感じています。

 見方を変えれば、「選ぶ」という言葉で現れるようになるまで、仕組みの水準を高めることが可能なのではないか、そう思えたのです。

 そして、若者たちが「選ぶ」ことを当然のように重視している姿を見るにつけ、すでに社会そのものがこの選ぶ水準を前提に動き始めているのかもしれない、とも感じます。

 そう考えると、日々の様々な出来事や仕事、現象について、「これらが選ぶという水準まで高めることができるのではないか?」こう想像してみると、面白いそうだなと思ったのです。

 ここからの考察については、以前書いた「俯瞰3から見た0→1」この感じになるかなと思います。

 業務やプライベートで取り組んでいることは、0→1の段階にあたります。それに対して、3の視点から見てみる。3の視点は「選ぶ」です。今回の場合だと、選ぶ何かに出来ないかと?

 断片的にでもいいから、ちょこっと考えてみる。何か良いひらめきが起きないかなと(笑)。そうすると、今は見えていないものが、ふと見えてくる瞬間があるかもしれません。

 最後に、やっぱり考察をしていくのは楽しいです。ヒントをくれたZ世代のKさん、ありがとね。




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