ぷれぜん仙人です。
今日は「自己重要感を高めるための習慣」について書いてみようと思います。
なんか自信が持てない、なんか自分を肯定できない・・・という人には何かヒントがあるかもしれませんので読んで欲しいと思います!
自己重要感が人生を左右する
まず、自己重要感は、人生をかなり大きく左右するものだと強く認識する必要があります。
自分には価値がある。
自分ならできる。
そう思えている人は、新しいチャンスが来たときにも一歩を踏み出しやすいし、難しいことにも挑戦できます。
また自分をちゃんと重要だと思えている人は、それが周囲への「取扱説明書」にもなります。
簡単に言うと舐められなくなるし、雑に扱われなくなります。
逆に自己重要感が低い人はテキトーに扱われたりする。
当然、これらの要素が仕事のパフォーマンスにも影響するし、人からの評価にも影響する。
そして、それ以上に大きいのが、日々の幸福感です。
自分のことを肯定できている人と、「自分なんて大したことない」と思いながら生きている人では、同じ一日を過ごしていても見える世界がまるで違ってきます。
これらがポジティブなスパイラルになって、人生をより良い方向に向かわせてくれます。
だから、自己重要感は高い方がいい。
これは間違いないと思います。
でも、問題はじゃあ、どうやって自己重要感を上げるのか?です。
大人になると、誰も褒めてくれなくなる
うちには小さい子どもがいるのですが、私は子どものことをかなり褒めます。
何かできたら、
「すごいね!」
「上手だね!」
「天才だね!」
と、結構意識して言うようにしています。
もちろん何でもかんでも無条件に褒めればいいという話ではありませんが。
自分自身を肯定できるようになってほしいし、「自分にはできる」という感覚が全ての基盤になると思っていますので、そこは意識していますね。
たぶん、程度の差こそあれ、多くの親もそうなんじゃないかと思います。
少なくとも、子供のころにはけっこう褒めてくれる人があなたにもいたはずです。
ところが、大人になるとこういう存在がほとんどいなくなります。
毎日のように、
「あなたはすごい!」
「あなたには価値がある!」
「今日もよく頑張った!」
なんて言ってくれる人は、普通いません。
むしろ逆です。
会社ではミスをすれば怒られる。
家庭でも「減点方式」で評価され、加点は無視される。笑
SNSを見れば、自分より成功している人間ばかりな気がする。
学生時代の友達と比べる時も、自分より成功してそうな人ばかりと比較してしまう。
こんな具合なので、放っておけば、自己重要感はどんどん下がっていくようにできています。
これは多くの人が強く意識すべきポイントだと思います。
自己重要感が低いと、ゴールも小さくなる
問題はそれだけで終わりません。
自己重要感が低い状態だと、思い描けるゴールのアッパーが低くなります。
どんどん自分の未来まで小さくなっていっていきます。
自己肯定感が低い状態で「将来どうなりたいですか?」
と聞かれても、大きなゴールはなかなか出てきません。
今の自分でも達成できそうな範囲。
失敗しなさそうな範囲。
人に笑われなさそうな範囲。
そのくらいのゴールしか設定できなくなります。
少しでも高いハードルを目の前にすると、
「いや、自分には無理だろう」
となるからです。
本当はやってみたい。
でも自分を信じられない。
だから挑戦しない。
挑戦しないから成功体験も生まれない。
成功体験がないから、さらに自信がなくなる。
そういう負のループになっていきます。
だからこそ、自分の自己肯定感や自己重要感を、日々の生活の中で意識的に育てていく必要があります。
そこでおすすめしたいのが、日記を使った自己重要感を高める習慣です。
なぜ日記で自己重要感が高まるのか??
私は以前のブログでも書きましたが、日記を書くことをおすすめしています。
日記を書かずに生きるというのは、セーブデータを作らずにRPGをプレイしているようなものだと思っているからです。
せっかく経験値を得ても記録されない。
せっかく何かに気づいても忘れる。
せっかく人生が前に進んでも、自分自身がそのことを認識できない。
これはかなりもったいない。
ただし、日記を書くなら、
「今日は会社に行きました」
「こんな仕事をしました」
「ラーメンを食べました」
「家に帰りました」
「YouTubeを見て寝ました」
という単なる行動記録だけではもったいないわけです。
せっかくなら、日記を使って自己肯定感まで高めてしまえばいい。
そのために私が大事だと思っているポイントは二つです。
今日一日の小さな達成や成果を、自分の長期的なゴールに結びつけること。
そして、
今日一日の中から、意識的に良かった点を探すこと。
この2つです。
この2つを継続的にやっていくと、自分の人生を肯定できるようになる。
それが確実に自己重要感を上げていってくれます。
事実は変わらない。でも「物語」は変えられる
一日に起きた事実そのものは変わりません。
何時に会社へ行った。
こういう仕事をした。
上司と話した。
昼にラーメンを食べた。
電車の中で本を読んだ。
帰宅してからYouTubeを見た。
事実はそれだけです。
でも、その出来事にどんな意味や物語を与えるかは自分で決められます。
例えば、現在は会社員だけれど、「いつか脱サラして、自分のラーメン店を持ちたい」というゴールを持っている人がいたとします。
その人が仕事帰りにラーメン屋へ行った。
普通に考えれば、
「今日はラーメンを食べました。美味しかったです」
で終わります。
でも、日記にこう書いたらどうでしょう。
今日食べた店はスープの濃さと麺のバランスが非常に良かった。
カウンターの配置も面白かった。
厨房から客席が見える構造になっていて、店員が客の状況を把握しやすくなっていた。
接客もかなり早い。
自分が将来店を持つなら、この導線設計は参考にしたい。
こう書いた瞬間に、
「ラーメンを食べただけの一日」
ではなく、
自分のゴールに向かって研究を進めた一日
に変わります。
もちろん、起きた事実は同じです。ただラーメンを食べた。
でも、その出来事を自分の未来と接続することで、一日の意味が変わる。
これがものすごく重要です。
「人生の物語」を積み上げる
何も意識しなければ、一日のほとんどは記憶される事なくどんどん流れていきます。
昨日の昼に何を食べたか。
先週の火曜日に何を考えていたか。
先週の1週間にどんな進歩があったか。
ほとんど忘れてしまいます。
だからこそ、日記によって自分の人生を言語化して記録する。
そして、
「今日の経験は、自分の未来にどうつながっているのか?」
という視点で一日を振り返る。
すると、バラバラだった出来事が一本の線になっていきます。
自分はただ毎日会社と家を往復しているのではない。
自分のゴールへ向かって経験を積んでいる。
昨日より知識が増えた。
昨日より一つ経験値が増えた。
昨日より一歩前に進んだ。
そういう物語になっていく。
これが自分の人生には意味がある、価値がある、という感覚になって積み上がっていきます。
嫌な出来事さえ「経験値」に変えられる
これは別に、良いことがあった日にしか使えない方法ではありません。
むしろ、嫌なことがあった日にこそ使えます。
例えば、会社で上司にこっぴどく怒られたとします。
その日の夜、
「今日は上司に怒られた。最悪だった」とだけ日記に書いたら、単なる嫌な一日として保存されます。
自己肯定感も下がってしまうかもしれません。
でも、
「今日は上司からかなり厳しいフィードバックを受けた。耳が痛い内容だったが、その中には自分では気づいていなかった弱点も含まれていた」と書く。
さらに、
「自分にはこういう弱点があることが分かった。これは今後改善できる。逆に自分にはこういう強みがあるので、そこをさらに伸ばすことで弱点を補うこともできる」
みたいに書くと、同じ出来事が、
「怒られた一日」
から、
自分の向上点を発見した一日
に変わります。
出来事は同じです。
変わったのは解釈だけです。
でも、人間にとってはその解釈の違いがものすごく大きい。
その積み重ねによって、自分自身や自分の人生を肯定できるようになってくるのです。
無理やりでも、良かった点を探した方がいい
私は元々が楽観的でポジティブな人間なので、放っておいてもこういう「ポジティブな解釈」をしてしまうのですが、逆に悲観的でネガティブな人もいますよね。
また、人生がうまくいっていない時ほどネガティブになりやすいのも事実です。
なので、多少無理やりでもいいと思っています。
というより、最初は無理やりでもやった方がいいです。
人間の頭は、放っておくと嫌なことを探します。
失敗したこと。
恥をかいたこと。
人から言われた嫌な一言。
うまくできなかったこと。
そういうものばかり拾ってきます。
だったら逆に、
「今日の良かった点は何か?」
「今日、何を学んだか?」
「今日、自分は何ができたか?」
「今日の経験は、未来の自分にどうつながっているか?」
と意図的に探せばいい。
一日、何もできなかったと思ったなら、
「疲労が溜まっていたので、今日はしっかり休んだ。これによって明日以降また動ける状態を作った」
でもいい。
本を5ページしか読めなかったなら、
「今日は疲れて5ページしか読めなかった」
ではなく、
「忙しい中でも5ページ読み進めた。その中でこんな事が印象に残った」
と書けば、自分を肯定することができます。
重要なのは、嘘を書くことではありません。
同じ事実の中から、自分にとって価値のある側面を意識的に拾い上げることです。
一日の最後を「良い記憶」で終える
「有終の美」とか「終わり良ければすべて良し」みたいな言葉がありますが、これは毎日の終わりにも言えると思います。
1日中を嫌な気分で過ごしていたとしても、寝る前にそれを解釈し直して「あれ?けっこう良い1日だったかも」と思えるだけで
オセロの黒が白にひっくり返るような効果があります。
これを寝る前にやると、本当に気分が変わります。
「今日も何もなかったな」
「また一日終わったな」
「疲れただけだったな」
と思ってベッドに入るのと、
「今日も一つ経験値が増えた」
「今日も少し未来に近づいた」
「今日も自分はちゃんと人生を進めた」
と思って眠るのでは全然違います。
それを毎日繰り返していく。
すると少しずつ、
「自分はちゃんと生きている」
「自分は価値のある人生を歩んでいる」
「自分は成功へ向かう途中にいる」
という感覚が少しずつ蓄積されていきます。
それが、自分に対する信頼になる。
そして揺るがない自己重要感として育っていくわけです。
日記は「人生の編集」になる
日記を書くというと、
「今日起きたことを記録するもの」
と思っている人が多いと思います。
でも私は、それだけではないと思っています。
日記は自分の人生をどう編集するか?の筆入れをする場所
でもあると思っています。
事実そのものは変えられない。
でも、その経験から何を受け取るのかは決められる。
失敗を「自分はダメな人間だという証拠」にするのか。
それとも「次のレベルに行くための経験値」にするのか。
何でもない一日を「何もなかった日」にするのか。
それとも「未来につながる小さな一歩があった日」にするのか。
それを決めるのは自分です。
さらに、自分の人生には潜在意識の中に「台本」が用意されています。
そこに何も加筆修正をしなかったら、台本通りの人生が続いていきます。
それがその人のコンフォートゾーンであり、その延長線上に人生はあります。
それが理想的なものになっているならそのままで良いでしょう。
しかし、人生を変えたい、と思っているならそこに修正を加えていく必要があります。
だから一日の最後に、ほんの数分でもいい。
今日一日の出来事を振り返って、
「今日の出来事は、自分のゴールにどうつながっているか?」
「今日の自分の良かったところは何か?」
この二つを書いてみてください。
それだけでも、一日の見え方はかなり変わります。
そして、その小さな肯定の積み重ねが、
「自分なら大丈夫」
「自分ならできる」
という感覚を作っていく。
日記とは、自分の人生のセーブデータであると同時に、自分を肯定していき、未来の台本を描く場所でもあるわけです。
これは本当に重要なことだと思います。
ぷれぜん仙人