\おはようございます/
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
このブログでは、ココナラで出品している
電話相談サービスについて、私自身の想いや、
どんな方に届けたいかを綴っています。
今日は、自分のインナーチャイルドを癒すために自己開示いたします。
生後7か月で負った火傷と語られなかった過去
私は生後7か月のとき、大きな火傷を負いました。記憶はありません。でも、それでよかったとも思っています。
傷は目立つ場所にあり、6歳のときにTJ医大で皮膚移植を受けました。それから長い間、包帯やサポーターを巻いて生活する日々。
傷そのものは、早い時期から「自分の勲章」だと思って受け入れていました。
でも、私が一番苦しかったのは、その火傷の経緯を何年も説明されず、母に聞こうとするたびに逆ギレされていたことです。
「自分のことだから知りたい」——それだけだったのに、家族の中でその話はタブーになっていきました。
やっと状況を聞けたのは思春期。けれどその頃には、母は育児や家事を放棄し、自分のことばかり優先してお酒を飲み、夜遅くに帰ってくる生活。
私は冷めた目で母を見て、家のことは自分でこなすようになり、「早くこの家を出たい」と思いながら学生時代を過ごしました。
自分が母になって気づいたこと
「もし自分が子どもを産んだら、絶対に火傷させるような状況にはしない。家事もちゃんとする」
そう決めて、私は母親になりました。
子どもには心理的安全性を与えたい。安心して過ごせる場所をつくりたい。
私はずっと不安の中で育ってきたからこそ、子どもには「ここにいていい」「愛されている」と感じられる環境を届けたかった。
過保護だったかもしれません。でも、それは「大切に育てたい」という強い思いの表れでした。
子どもが自分らしさを発揮できるように、愛を伝えながら育児をしてきました。
ママ友との出会いが教えてくれた「母親の多様性」
育児を通して、たくさんのママ友と出会いました。
一人っ子でも、兄弟がいても、みんなそれぞれの状況の中で一生懸命育児に向き合っている。
時代、生活水準、地域、価値観——どれも違うけれど、母親という役割の重さは共通していました。
タスクをこなしていても、自分らしさを忘れてしまう。
「母親になったからって、どう生きるかはその人の自由」——そう思えたとき、やっと母の言動も許せる気持ちになってきました。
インナーチャイルドを癒すということ
母を許すことは、過去の自分を癒すことでもあります。
あの時感じた寂しさ、疑問、怒り——それを今の自分が受け止めてあげる。
「もう大丈夫だよ」と、あの頃の自分に語りかけるように。
追記:母へ、静かな時間を
母は今、若年性認知症を患い、少しずつ記憶が薄れてきています。
いろんな葛藤があった人生だったと思います。
火傷の経緯が言えなかった気持ちも、今はちゃんと理解できます。
だからこそ、もう考えるのはやめて、何も考えなくてもいい時間を過ごしてほしい。
脳を使うことは大切。でも、人間には「忘れる」という能力もある。
それは癒しにつながることもあるし、一時の対処法だったとしても、前に進むためには必要なことでもあります。
今、色んな悩みを抱えて苦しい思いをして、生きている人がいたとしても
あなたにも、また時間ができたときに、ゆっくり過去を振り返って、自分自身を癒す時間がきっと訪れるから
そのときまで、今は何も考えずに目の前にことに集中して過ごしてほしい——そう願っています。
とうこ♡