恩赦制度について

恩赦制度について

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恩赦とは国家や君主が罪人に対して、刑罰を軽減・免除する措置の総称です。被害者感情からすると碌な根拠も無しに加害者の罪が軽くなったり釈放されたりというのは納得がいかないもののように思います。何故こうした制度が今もあるのかまとめてみました。

まず歴史としては非常に古く文明の始まり頃からその形跡は確認されています。多くの場合国家運営は、神に認められた者がその代理人として王権を振るう神権政治であり、統治している王には法律・裁判・処罰の決定権がありました。それに加えて罰するだけでなく、”許すこともできる権力”を有しており、君主が慈悲を示すことに政治的な意味合いを持っていました。

現代では王族のセレモニーや紛争・政変の終結後、法律や時代感覚が変化した区切りのタイミングで発せられることが多く、直近の日本では令和元年10月22日に新たな天皇が即位したタイミングで恩赦が実施されました。記録によると1993年の天皇と皇后の結婚に合わせて実施されたものからおよそ26年ぶりで、その対象者は55万人に及びました。ただしこれは55万人の受刑者が刑務所から解放されたという意味合いではなく、大半は「復権」というタイプのものでした。

日本では罰金刑や一定の前科がある場合、刑罰そのもの以外にも法律上で一定期間制限がかかることがあります。例えば、選挙関係の権利や国家資格取得・公務員試験の受験、会社役員に就任できないなどが挙げられます。一定期間再犯していない・罰金を既に支払い済みなど基準はあるようですが、こうした停止期間の短縮や解除を施すのが復権という分類の恩赦であり、刑務所から直接釈放されるような「特赦」や「減軽」はごく少数のようです。

では昔ならいざ知らず近現代でもこうした動きが残存している理由はいくつか考えられます。まずは社会分断を解消するためというのが挙げられます。政変や戦争後も厳格に全員を裁き続けるとなるとリソースは足りず、新たな反体制を作りやすくなるという性質があります。故に革命や内戦後に度々恩赦は実施されてきました。次に法律が機械的過ぎた場合、再度その妥当性を考える機会としての存在価値です。裁判は法律に準拠して執り行われますが、判決当時と社会感覚が変化していたり本人の高齢化や病気などの事情を考慮して救済措置としての側面があります。一方で現代では「法の下の平等」を重視することもあり、政治利用ではないか?被害者感情を蔑ろにしているのではないか?など多くの議論が付きまとう問題でもあります。

「金の負債は返せるが、恩の負債は墓場まで及ぶ。」
インドネシアの諺だそうです。恩義を受けた側がそれを忘れず何かしら社会に還元しようと前向きな行動に勤しんでくれたならば被害者側にも救いがあるように思えます。



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