こんにちわ♪
今日は娘の有給のお付き合いで、ランチを一緒にしてきました。
一緒に住む娘とは、お互いにとって空気みたいな存在で、
素敵なパートナーシップを体験させてもらっています。
「親友というより、心友やな」
と娘が言っていて、素敵な表現だな~って
深くほっこりしました。
少しずつ、今まで言えなかったことを共有できたり、
プライドがあってなかなか見せられなかった弱さを話せたり。
そんな時間がお互い増えてきています。
そんな今日、なんだか体が重だるく、しんどい一日でした
曇り空や気圧、気温。
いろんな働きの中で、からだもまた調整しているのでしょう。
以前の私は、からだがしんどいと
「何かがおかしい」
「調和できていない」
そんなふうに思っていました。
また、
「目覚めた人」
「悟った人」
というものは、いつも穏やかで、体調も良くて、不調なんて起きないものだと思い込んでいました。
でも、本来、からだも自然の一部でした。
目覚めていようが、いまいが、自然の働きの中で動いています。
だから、からだの不調が起きることも自然なことでした。
不調も、しんどさも、調和の中の出来事。
多くの場合、私たちは調和を
「気分がいいこと」
「体調がいいこと」
「物事がうまくいくこと」
だと思いがちです。
でも自然を見てみると、
晴れも調和。
雨も調和。
台風も調和。
枯れることも調和。
そこには
「これはあってはいけない」
という視点がありません。
今年の我が家のトマトも色つかないこと。
その様子もまた自然の働きの中で起きていること。
トマトができるのも自然。
できないのも自然。
どちらも調和の中の出来事なのでした。
思考の上で「そう思おう」とするのではなく、
ただ見ていると、
そうでしかないことが見えてくる。
以前は思考の上でそう思いこもうとしていたことにも
気付きます。
良い日も、しんどい日も。
元気なからだも、重だるいからだも。
すべてが自然の流れの中で起きている。
そんなふうに見ているもうひとつの静かな目、
内なる目のようなものを感じています。