事実とストーリー

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コラム
こんにちは♪


樹に花びらがくっついてる光景がとても綺麗でした。
桜の木からも少しずつ緑の葉っぱが増えてきています。
すごいなあ、自然って。
花びらは散ってくけど、後から
葉っぱが芽吹いてきて・・・
散りゆく花はただ散っていく。
今の私たちもそれらと同じ移ろい変わる様子の
中のある状態です。


事実はとても静かで、そこには良いも悪いもない。


ただ、今ここに現れているもの。
見えるもの、聞こえるもの、触れている感覚。
まだ言葉になる前の、ただの感覚。


そんな場所は、「安らぎ」とも表現できますよね。
ここが現実。
実際に現れていること。


だけど私たちは、そこから浮かんでくる解釈
ストーリーのほうを、現実だと思い込んでしまいます。
そして、そのストーリーの中で問題をつくり出す。


本来、事実そのものには問題はない。
それは全体の中で、ただ自然に現れてきているものだから。


たとえば、絶縁したい。
親と離れるという経験に向き合う人のお話を聴きました。


人間的には、責められるように感じるかもしれない。
罪悪感が湧くこともある。
でも、起きている事実はただひとつ・・・


「離れた」ということ。


そこに
「親不孝と思われるかもしれない」
「こんなことをする自分はおかしい」
そんなふうに浮かんでくるのは、ストーリーであって事実ではない。


自然の中でいえば、
同じ木についていた二枚の葉が、風によって一枚は飛ばされ、もう一枚は残る。
そんなことも起きている。
最初に表現した、桜の散る花びらも同じ。
1つの樹を家族と見たら
そこから生まれるものが離れてくのも自然と理解できるかもしれません。


それを良い悪いと決めているのは、人の解釈。
苦しくなったときは、戻ってみる。
言葉になる前の感覚へ。


目に映るもの。
耳に届く音。
肌に触れる温度。
ふと漂う香り。
口に広がる味。


そこに戻ることは、
ストーリーの中で苦しくなっている自分を、そっと助けてあげることでもある。
感覚そのものに、言葉が乗ることで喜びも生まれる。
でも同時に、苦しみもまた多く生まれるのかもしれない。


もしストーリーに飲み込まれたときは
思い出してあげられるといいな。
事実は、とても静かだということを・・・


そして戻っていく。
言葉になる前の、この静かな場所へ。








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