怒りが教えてくれたこと

怒りが教えてくれたこと

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コラム
こんにちは。


最近、数年ぶりに血液 尿検査をしてきたのでした。
東京に来てから、体調がとてもいいので
今の体の状態はどんな感じなのだろうという興味からなのでした^^
もう一つに体から生まれる成分を半年近く取り入れてるということもあって
その働きの影響も現れてるのかな?という
好奇心から・・・
結果は全部健康値と呼ばれる中におさまっていたのでした。
これからもいろいろな現象は起きるだろうけど、
少なくとも今のからだは調和してるのだなあと・・・
引き続き、今取り入れているときめくことを
続けてみようと思っています。


最近、二日ほど、なんだ?!という怒りが
湧いてきくるということがありました。
愛から見ると、すべてが愛おしく、
その愛おしさの振動が影響を与えていく。


そう見れない、その音が発せられていないということは
個人的に何か拘ってること
掴んでるもの
背負ってるものがあるのですね~。。。^^;


サラさんは東京にきてからも
近しく関わるという存在とのご縁が生まれていますが
”大切にしてもらえない”
その悲しさがあったことが気づかれたのでした。


相手をそのように見るフィルターが
愛を見えなくしてるのです。
怒りの奥にあったその悲しみに気づき
それを理解し、
ただただ味わっていました。


すると徐々にそれは溶け、怒りも消えていきました。
不思議だけれど
拘りが手放されて
相手のあるがままが見れるようになって
関係性への執着も不思議と
和らいでいきました。


ひとつのいのちの中で
関わる必要があるなら関わるが起きるし
共にいるならそれが起きる。


気持ちよく支え合えたり、分かち合えたらいいなと
その思いも執着拘りになっていたようです。


個人的な見方で、世界を創りあげています。
見たいように見て、思いたいように思ってる。
愛を見えなくしているフィルター(思いや見方)にこれからも
気付けたらなと感じるのでした。
それも、世界はいつも教えてくれています。


愛で満ち溢れる、あるがままを見る目を
大事にしたいですね(^_-)-☆













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