導仁です。
朝、目が覚めたとき。
一番最初に浮かぶのが「今日やらなきゃいけないこと」のリストになっていませんか。
あの仕事の締切。
返信していないメッセージ。
ちゃんとした朝ごはん。
ちゃんとした身だしなみ。
ちゃんとした一日のスタート。
気づけば頭の中は「ちゃんとしなきゃ」で埋め尽くされている。
それだけで、まだ布団の中なのに、ちょっとぐったりしてしまう朝もあるかもしれません。
でも本当は、
毎日を「ちゃんと」始めなくても、いいのだと思います。
今朝のあなたが、
少し疲れていたり、
なんとなく気持ちが上がらなかったり、
よく眠れなかったりするのだとしたら。
そんな自分に向かって、
いつもどおりの「ちゃんと」基準を押しつけてしまうのは、
少しだけ酷なことのようにも感じます。
「ちゃんとしなきゃ」という言葉は、
私たちを支えてくれることもあるけれど、
ときどき、静かに追い詰めてもきます。
ちゃんと起きなきゃ、ちゃんと身支度しなきゃ、
ちゃんと仕事モードに入らなきゃ、ちゃんと笑顔でいなきゃ。
それを全部、一度に満たそうとすると、
朝の小さなテーブルに、
乗り切らないほどの"理想の自分"を並べることになる。
そのどれかひとつでもできないと、
「やっぱり自分はダメだ」と感じてしまって、
一日が始まる前から、心がしぼんでしまうことだってあります。
そんな朝こそ、
「ちゃんとしなきゃ」より
「今日はこれでいいや」を選び直してみてもいいのかもしれません。
自分にとっての「合格ライン」を、
今朝のコンディションに合わせて引き直す。
それは、怠けではなくて、
自分をちゃんと見てあげる行為です。
「今日はこれでいいや」と決めるためには、
逆に、自分の内側をしっかり見つめる必要があります。
本当は、どれくらい疲れているのか。
何にいちばんエネルギーを使いたいのか。
今日は、どこまでできたら少しほっとできそうなのか。
外側の「正しさ」ではなく、
自分の感覚にそっと耳を澄ませてみる。
それは「ちゃんとしていない自分に甘くなること」ではなくて、
「自分の今の状態に対して誠実になること」に近いのだと思います。
「今日はこれでいいや」と自分に言ってあげるとき、
心の中には少しだけ余白が生まれます。
その余白があるからこそ、
通勤途中の空気や、
誰かのささいな一言や、
道端の花や、ふと流れてきた音楽みたいなものを
受け取る余裕が出てきます。
朝から心をパンパンにしない。
完璧さで埋め尽くさない。
その分、
「今日なりの楽しさ」や「今日なりの達成感」が入ってくるスペースができる。
そんなふうに、一日の器を整えるのも、
立派な朝の準備のひとつです。
「ちゃんとしなきゃ」より「今日はこれでいいや」を選び直す朝。
そのやわらかい基準が、
この先のあなたの一日を、
少しだけ呼吸しやすくしてくれると思っています。
導仁より。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
もし今、誰かに話してみたいと思うことがあれば、小さな相談場所を用意しています。
整理できていなくても、言葉にならなくても、大丈夫です。