導仁です。
鑑定をしていると、
ときどき「このままの言葉では、届かないかもしれない」と感じる瞬間があります。
相手を傷つけたいわけではないのに、
やわらかい言葉だけを重ねていることが、
むしろその人の現実から目をそらすことになってしまう気がして。
しんどいときに、優しい言葉が欲しくなるのは、当たり前のことです。
「大丈夫だよ」「そのままでいいよ」と言ってもらえるだけで、
救われる夜もたくさんあります。
でも、ときどき。
優しい言葉を重ねるだけでは、
「このままでいなきゃいけない気がする」という窮屈さにつながってしまうことがあります。
本当は気づいている「変えたい現実」から、
静かに目をそらし続けてしまうことも。
「厳しいことを言われる」と聞くと、
自分がダメ出しされること、
これまでの選択が否定されること、
そんなイメージを浮かべてしまう方も多いかもしれません。
でも、私が鑑定でお伝えしたい言葉は、そういうものではなくて。
あなたのこれまでをなかったことにするためでも、
頑張りが足りなかったと言うためでもなく。
「ここを見ないままでいると、これからもっと苦しくなってしまうかもしれない」
そう感じるところだけを、一緒に見るための言葉です。
現実を一緒に見るということは、
「あとは自分で何とかしてね」と突き放すことではありません。
痛いところに目を向けた後こそ、
「ここからどうしていくか」を一緒に考える時間が必要だと思っています。
すぐに動けなくてもいい。
すぐに変えられなくてもいい。
ただ、
「見ないふりを続ける」か「怖いけれど、一緒に見てみる」か、
その分かれ道に立てたとき。
後者を選べる人の隣に、ちゃんといたいと思うのです。
とはいえ、いつでも誰にでも、現実を指さしたいわけではありません。
心がすり減っているときは、
「現実を見る」よりも「今日を生き延びる」ことの方が、
ずっと大事なこともあります。
「今はまだ、優しい言葉だけで十分なとき」も、確かにあります。
だから、厳しい言葉を受け取る覚悟が持てない自分を、
責める必要はありません。
そのときが来るまで、ただそばにいてくれる言葉があってもいいのだと思います。
いつか、「優しさだけでは届かない現実」を、
一緒に見にいける朝がきたとき。
そのときのあなたの隣に、
静かに座っていられる存在でありたいなと思っています。
導仁より。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
もし今、誰かに話してみたいと思うことがあれば、ココナラに小さな相談場所を用意しています。
整理できていなくても、言葉にならなくても、大丈夫です。