自分と付き合うこと数十年。
アナタは自分のことが好きですか?
私は正直、あまり好きではありませんでした。
過去形にしましたが、今も発展途上中・鋭意努力中です。
人の長所を見つけるのは得意なのですが、こと自分のこととなると短所ばかりが目につき、付き合いが長いわりには理解できていない、そんなふうに感じます。
自分を信じると書いて自信。
私に足りないのはおそらく自信なのです。
自分で自分を誤魔化したり取り繕ったりすることは不可能な上、フェイドアウトも許されず、これからも末永い付き合いになることは確定です。
「病める時も 健やかなる時も...」なんて誓いの言葉を交わした記憶はないのに、命ある限りどこまでも一緒です。
そういう意味では、いつか寿命を迎えることもあまり怖くない、むしろちょっと楽しみかも、とまで思っていました。
自分とおさらばできるのかも、なんて。
そんなふうに思われたら可愛そうですよね。
そもそも命尽きたところで、おさらばできない可能性もあります。
だったら少しでも好きでいた方がいいし、人生も楽しいはずです。
ですが、もうひとりのワタシが耳元でささやきます。
「自分を好きとか言うの、イタくない?」
どちらかというと、自分を下げて笑いを取る文化の中で生きてきたことが大きいかもしれません。
「そんなに自分好き?」なんて誰かに言われたら、恥ずかしさの極み、とみずから入る穴を掘ってしまいそう。
そんな中で出会った言葉。
「自分くらい自分を好きでいてあげたい」
目からウロコでした。
この考え方ならできるかも!
そんななかで少しずつ始めたこと。
ほんの小さな自分の心の動きを察知して、叶えてあげることにしました。
笑っちゃうくらい、それはそれは小さなことです。
・トイレに行きたいけど、まぁもう少しあとでもいいかな
→ すぐ行ってみる
・コーヒーが飲みたいけど、淹れるの面倒だな
→ 淹れて飲んみる
・湯船に浸かりたいけど、今日はシャワーでいいかな
→ 湯船に入ってみる
・昨日の残り物から食べたほうがいいけど、今日はトマトパスタが食べたいな
→ 作って食べてみる
これがなかなかの効果を発揮するのです。
日々のこんな小さなことなのに、内側からじんわり感じる幸福感。
願望が満たされるってこんなに豊かなことなんだ、としみじみ実感します。
不思議なことに、少しずつ自分のことが好きになり始めたのです。
やったらできる、叶えられる、という自分への信頼、というのでしょうか。
また人類最大の悩み、かつストレスの根源である人間関係において
特定の人から離れたい、と思うときは、相手のここが嫌、というカムフラージュを装いながら、振り返ってみればいつだって
「一緒にいるときの自分が嫌いになってきた」
ことが最大の原因だったと思います。
逆を言えば
「一緒にいるときの自分を好きでいさせてくれる」
そんな誰かと一緒にいると、居心地がよくて満たされた気持ちになるんだと思います。
とどのつまりは「自分の好きな自分でいたい」という欲求。
こう考えてみると人間というのは、とことん自分本位な生き物なのかもしれません。
なぜか一緒にいると前向きになり、自然と「なんでもできる気がする」と思わせてくれるような人っていますよね。
私もアナタにとってそんな相手になれたらいいな、と思います。
もしご興味があればお気軽にお試しください。