「なぜ海外の人に比べると、日本人の方が英語が話せないのだろう」と不思議に思った事はありませんか?
特にヨーロッパでは、複数か国語話せる人も珍しくありません。
今回は、諸外国と日本の英語教育の違いついて紹介したいと思います。
調査対象を限定するために、日本と東南アジア諸国(タイ、ベトナム、、カンボジア、インドネシア)との比較を紹介します。
フィリピン、シンガポール、マレーシアは、英語が公用語・準公用語であるため比較対象から外しました。
タイの大学で遭遇した衝撃の体験
僕には獣医をしている姉がいるのですが、僕が大学院生の頃、姉にタイの大学で行われた研究発表会(ワークショップ)に連れて行ってもらった事があります。
それが僕にとって初めての海外旅行でした。
そこで目にした衝撃の光景は、タイやインドネシアからの参加者は英語で研究発表をするのに対して、日本から参加した大学教授が、日本語で研究発表をした事でした。
そしてワークショップの手伝いをしているタイの大学生達も、日本人の僕たちと比較すると、それなりに英語でコミュニケーションが取れてました。
そんな経験から「なぜ日本人は英語が喋れないのだろう」と、ずっと疑問に思っていた事が、今の僕の活動の原点になっています。
ある時テレビで、ジャーナリストの池上彰氏が「東南アジアの人々が日本人に比べて英語が話せる理由は、日本人は母国語で高等教育を受けられるのに対して、他のアジアの人々は母国語で高等教育を受けられないからだ」と説明していました。
実際、アジアの国々が貧しかった時には、そのような側面があったようですが、近年、東南アジアの国々の経済成長も目覚ましく、今回の調査結果で、別の側面が見えてきました。
数字から見える「話す力」の差
感覚の話だけでなく、客観的な数字を見てみましょう。
TOEFL iBTという国際的な英語試験では、国別の平均スコアが公表されています[1]。
スピーキングの点数に着目すると、興味深い傾向が見えてきます。
(出典:ETS「TOEFL iBT Test and Score Data Summary 2017」表 16)
このTOEFL iBTの表では、日本のSpeakingスコア17点は、Readingの18点に対してそん色ないように見えますが、他の国と比べると「知識はあるのに、話すとなると急に弱くなる[2]」という、専門家が繰り返し指摘している傾向が読み取れます。
一方、カンボジアやラオスはReadingが日本より低いにもかかわらず、Speakingは日本を上回っています。
文法や語彙の知識という「土台」が弱くても、日本人より口頭でやり取りができているということです。
読解・文法・リスニングを総合したテストでは、諸外国は日本より低い順位になることもあり、「東南アジアの英語力は全体的に日本より上」と単純に言い切れるわけではありません[3]。
しかし「スピーキング」というピンポイントの能力に絞ると、東南アジアの学生が日本の学生を上回っている、という傾向は複数の指標で一貫して見られます。
英語のみの教材が、あえて選ばれている
なぜこのような違いが生まれるのか。その大きな要因となっているのが、教材と指導法の違いです。
タイの民間語学学校では、オックスフォード大学出版局が発行する『New Headway』や『English File』のような、CEFR(欧州言語共通参照枠)準拠の教材が広く使われています[4]。
これらの教材にはタイ語による単語訳や文法解説は一切なく、英語の文脈やイラスト、英語による定義だけで意味を理解させる構成になっています。
興味深いのは、タイ語で書かれた英語教材が存在しないわけではなく、あえて使わない「教育方針としての選択」だという事です。
・ タイの公立学校には、政府が認可した「English Program(EP)」という制度があり、理科や数学、保健体育といった教科も、外国人教員が英語だけで教えています[5]。母国語を挟まずに、教科内容と英語を同時に脳に入れていく教育を取り入れています。
・ ベトナムでは、政府主導の「国家外国語2020計画」のもとで、大学の専門課程をベトナム語ではなく英語で行う「EMI(English-Medium Instruction)」が国策として推進されています[6]。民間の語学学校(ILA Vietnam、VUSなど)も、教室内のやり取りを英語だけに限定する「English Only Policy」を看板に掲げています[7]。
・ カンボジアの最高学府、王立プノンペン大学に留学した日本人学生の体験記によると、教授も学生も、授業中の質疑応答やディスカッションを完全に英語だけで進めており、クメール語による補足は一切挟まれないそうです[8]。
・ インドネシアでも、私立の「ナショナルプラススクール」を中心に、授業時間の半分以上を英語で行うバイリンガル教育が広がっています[9]。
そしてこれらの国では、多国籍の講師陣(ネイティブ講師やASEAN域内の外国人講師)が教えることも珍しくありません。現地語の解説付き教材では、そもそも講師が教えられないという事情もあります。共通言語である英語だけで完結する教材を使うのは、いわば「実務上の必然」でもあるのです。
いずれの国にも共通しているのは、「母国語を経由せず、英語のまま理解し、発話する」という脳内の回路を、意図的に鍛えている点です。
ただし、東南アジアのすべての国がこの成功パターンに当てはまるわけではありません。
たとえばカンボジアの初等・中等教育の現場では、英語を教える研修を受けた教員も、生徒のレベルに合った教材も不足しており、十分な授業が提供できていない地域があると報告されています[10]。
英語のみの教材で成果をあげるには、適切な指導のもとに、生徒の習熟度に合わせて教材を選択する必要があります。
教材の「入手のしやすさ」という、もうひとつの要因
指導法だけでなく、「英語のみの教材を手に入れやすいかどうか」という見過ごせない要因もあります。
実際に、東南アジアの主要都市の書店を調べてみると、日本とは全く違う光景が広がっていました。
タイ・バンコク 紀伊國屋書店タイランド(Siam Paragon店、EmQuartier店)では、Oxford社の『Headway 5th Edition』が定価555バーツ(会員価格499バーツ、日本円で約2,300〜2,500円)で、外国語コーナーの目立つ棚に常時展開されています[11]。
ベトナム・ホーチミン/ハノイ 最大手書店チェーンFAHASAでは、フロア数階に及ぶ売り場の一角に、洋書・英語教育専用の広大なコーナーが設けられています。『American English File』は約1,500円、『Headway 5th Edition』は約2,600円と、現地の所得水準に合わせた特別ライセンス版・低価格輸入版が大量に平積みされています[12]。
インドネシア・ジャカルタ 洋書専門チェーンのPeriplus Bookshopsが、主要ショッピングモールや空港内に多店舗展開しており、Cambridge・Oxford・PearsonのCEFR準拠教材が並びます。オンラインのTokopediaでも即日配送で購入可能です。
一方、日本国内はどうでしょうか。紀伊國屋書店や丸善ジュンク堂のような大型書店であっても、英語学習コーナーの85〜90%以上は、日本語解説付き・和訳併記の文法書やTOEIC・英検対策本、単語帳が占めています。
英語のみの教材(原書のテキスト)が平積みされる事はほとんどなく、実際に手に取って選べる店舗は、紀伊國屋書店・新宿本店の輸入書籍フロアや、丸善・丸の内本店の洋書コーナーなど、ごく一部の旗艦店に限られます。
価格の面でも差があります。Amazon.co.jpで海外の英語テキスト(『Headway』や『English File』など)を購入しようとすると、1冊あたり4,000〜6,000円台になることが多く、これは東南アジアの現地価格(1,500〜2,500円程度)のおよそ2〜3倍です。
つまり日本では、
1. 店頭で実物を見て選べる場所が限られている
2. 価格が現地の2〜3倍になる
3. 日本語の情報がインターネット検索の上位を占め、そもそも「英語のみの教材」という選択肢にたどり着きにくい
という三重のハードルが存在しているのです。
「入手のしやすさ」は、流通量と無関係ではありません。
東南アジアの都市部では、多くの人が「英語のみの教材」を使用して英語を学習しているという事です。
ここでも、日本との英語学習の違いが見えてきました。
なぜ「母国語を介さない学習」がスピーキング力を伸ばすのか──脳の中の話
ここま東南アジア諸国の実情をお伝えしてきましたが、次に「なぜそれが効果的なのか」という学術的な理由も押さえておきましょう。
第二言語習得研究(SLA)や心理言語学の分野には、これを説明するモデルがあります。
バイリンガルの脳内における単語処理を説明する代表的な理論のKroll & Stewartが提唱した「改訂階層モデル(Revised Hierarchical Model)」では、第二言語の処理には大きく2つの段階があるとされています[13]。
語彙媒介の段階 学習の初期段階では、英単語は母国語(日本語)の訳語を経由して、はじめて意味(概念)にたどり着きます。つまり「英単語 → 日本語訳 → 意味の理解」という一段階多いルートです。日本語解説つき・和訳併記の教材で学び続けると、このルートがどんどん強化されていきます。
概念媒介の段階 習熟が進むと、英単語から母国語を経由せず、直接、意味(概念)にアクセスできるようになります。「英単語 → 意味の理解」という直通ルートです。英語のみの教材や、母国語を使わない学習環境は、母国語への変換を強制的に遮断するため、この直通ルートの形成を早めると考えられています。
とっさに話す場面(スピーキング)では、頭の中で使える作業スペース(ワーキングメモリ)に限りがあります。ここで「日本語に訳す」という一段階を毎回踏んでいると、それだけで処理に時間がかかり、言葉に詰まったり、話すスピードが落ちたりしてしまいます。
逆に、母国語を経由しない直通ルートが育っていれば、その分だけ発話の準備にかかる時間が短くなり、流暢に話せるようになる、というわけです。
ただし多くの研究で、初級者が単語の意味を最初に理解する場面では、母国語での解説のほうが即効性があるという結果が出ています[14]。
すなわち「英語だけで学べば、いつでも誰でもすぐにスピーキング力が伸びる」という単純な話ではなく、「ある程度のレベルに達した学習者が、英語だけで学ぶコミュニケーション中心の授業(対話を伴う実践)に継続的に身を置くこと」が、流暢さの獲得には重要です。
東南アジアの語学学校が「英語のみの教材」と「English Only Policy」、そして「対話中心の授業(Communicative Language Teaching)」で成果をあげているのは、この条件を満たしているからだと言えるでしょう[15][16]。
「英語を英語で教える」の起源
ここで東南アジア各国が採用している、「母国語を使わず、英語を英語で教える」という指導法の起源について解説します。
実はこれは、欧州発祥でTEFL(Teaching English as a Foreign Language:英語教授法)業界に古くからある伝統的な考え方です。
20世紀後半のTEFL業界では、「目標言語のみを使う(Target-Language-Only)指導」が理想的なアプローチとされてきました。
母国語を使わず英語だけで没入させることで、実際の英語環境に近い状態を教室内に作り出す、という発想です。
しかし、欧州の中でも一律に「英語のみ」というわけではありません。
フランス・イギリス・ノルウェーの英語教師を比較した研究では、フランスの教師は「目標言語のみで教えるべき」という信念が強い一方、ノルウェーの教師は意見が分かれていました[17]。
同様に、スペインの英語教師はイギリスのフランス語教師よりも、授業中に目標言語を多用する傾向がある、という比較研究もあります[17]。
つまり欧州の中でも、国によって多少の温度差はあります。
ただしタイやベトナムが積極的に輸入し採用しているのは、「欧州発祥で、TEFL業界の伝統的で王道とされている指導法および教材」というわけです。
実際、『Headway』や『English File』は、英国のOxford University Pressが、母国語解説なしで世界中どこでも使えるように作った教材です。
すなわち東南アジアの国々が特殊な事をしているのではなく、「欧州発の指導法および教材を積極的に輸入した国々 vs 独自の翻訳文化を築いた日本」という構図になっているのです。
日本の英語教育は、なぜ「翻訳」を前提にしてきたのか
日本の英語教育を振り返ってみると、なぜ諸外国と事情が異なるのかが分かります。
池上彰氏が指摘しているように、日本は明治以降、西洋の学問を日本語へ体系的に翻訳することで、母国語だけで高等教育を受けられる国をつくりあげました[18]。
これは世界的に見ても稀有な達成であり、誇るべき歴史です。
しかしその副産物として、英語の授業や教材においても「日本語で文法を解説し、単語を日本語に訳す」というスタイルが定着してしまいました[18]。
単語帳を開けば英単語の横に日本語訳が並び、参考書を開けば英文の下に和訳がついている。私たちが慣れ親しんできた学習法は、常に「英語→日本語」という翻訳のプロセスを経由することを前提にしています。
この学習法は文法知識や読解力を育てるうえでは有効で、TOEFL iBTのReadingのスコアからも見て取れます。
ただしスピーキングにおいては、知識を口から出す過程で、常に翻訳という一段階がブレーキとして働いてしまうという問題があったのです。
あなたが明日からできる事
ここまでの内容を踏まえると、「英語が話せるようになるには、英語を英語で学ぶのが効果的」という結論は、単なる思いつきではなく、実際のデータと理論の両面から裏付けられている事が分かってもらえると思います。
これまで、錯聴を利用したリスニング練習法、
そして多読によって「英語の直接理解」を身につく理由を解説してきました。
日本の教育制度を変えることは難しいですが、日々の学習の中で「翻訳を経由しない」選択を積み重ねることはできます。
小さな選択の積み重ねが、「訳す英語」から「話せる英語」への転換点になるはずです。
参考文献
[1] TOEFL iBT Test and Score Data Summary - Educational Testing Service (ETS)
[2] タイと日本の英語教育の比較と指導法、会話重視や文法重視の違いについて - ELEC(一般財団法人英語教育協議会)
[3] タイの英語教育事情と日本との比較、授業スタイルの特徴について - LABS
[4] プーケット・ランゲージ・スクール(PLS)の英語教材・コース案内 - Phuket Language School
[5] タイの英語教育:歴史・現状と先進的な公立小学校の事例(EP:English Program) - 相模英語教育研究会
[6] ベトナムの大学におけるEMIプログラムの課題と学生のリアリティ - ダイヤモンド・オンライン
[7] ベトナムの主要語学学校・英語教育機関の動向 - BizLab Singapore
[8] 王立プノンペン大学 派遣留学レポート - 北九州市立大学国際教育交流センター
[9] インドネシアの教育制度とナショナルプラススクールの特徴 - Timedoor Indonesia Blog
[10] カンボジアにおける教育支援事業 - 日本財団
[11] Headway 5th Edition Student's Book Catalog - Books Kinokuniya Thailand
[12] American English File & Headway Catalog - FAHASA Corporation (Vietnam)
[13] Rethinking the Revised Hierarchical Model: Representational Preferences in L2 Lexical Access - Frontiers in Psychology
[14] Glossing and Second Language Vocabulary Learning: Relative Effects of L1 and L2 Glosses - ResearchGate / System / ERIC
[15] ASEAN Integration and the Role of English Language Teaching - CamTESOL / Language Education in Asia
[16] Is English an Asian Language? Implications for English Language Teaching in Asia - Cambridge University Press
[17] Valuing multilingualism: teachers' beliefs and practices in England, France and Norway - Taylor & Francis Online
[18] 日本における英語教育の歴史と現状の課題 - 東京外国語大学(TUFS講義資料)
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