前々回は、語彙力増強には「英語の直接理解(英語脳)」が有効だという事をお伝えしました。
前回は、『英語脳』を身につけるのに年齢が関係ない事を説明しました。
今回は、読書によって『英語脳』が身につく仕組みを、できるだけ専門用語を使わず、たとえ話を交えながら分かりやすく解説します。
あなたは英語を勉強していて、
「それぞれの単語は分かるのに、長文になると内容が理解できない」
「読んでるそばから内容を忘れて、なかなか読むスピードがあがらない」
そんな悩みにぶつかったことはありませんか?
これらの悩みは、『英語脳』を身につける事で解消します。
僕は『英語脳』を身につける事で、英語が話せるようになりました。
今回の記事が、あなたの学習法を見直すきっかけになればと願っています。
第1章:本を読むとは、脳のOSをアップデートすること
脳科学の世界では「文字を読む(読書)」という行為は、人間にとって極めて特殊で特別な営みであることが分かっています。
なぜなら、私たちは「話す脳」を持って生まれてきますが、「読む脳」を持っては生まれてこないからです。
読書は、脳の「リサイクル」から始まった
人類の歴史において、文字が発明されたのはわずか約5,400年前のこと。これは進化の歴史から見ると「つい最近」のことです。
そのため、人間の遺伝子には「読書専用の脳の領域」があらかじめ用意されていません[1][2]。
では、私たちはどうやって文字を読んでいるのでしょうか?
脳科学者のStanislas Dehaene博士らは、人間は「元々、顔や物体を識別するために使っていた脳の領域」を強引にリサイクル(再利用)して読書に使っているという「神経リサイクル仮説」を提唱しました[1][3]。
文字の読み方を学ぶ過程で、私たちの脳は「既存の回路」を物理的に乗っ取り、文字を認識するための新しい回路(文字形状領域:VWFA)へと強制的に書き換えています[1][4]。
私たちが本を開き活字を目で追う時、 脳の中では、本来は別の目的のために存在していた神経細胞たちが総動員され、新しい回路を作り、物理的な配線を変えようと活発に動き出しているのです。
大人になってからでも「脳の構造」は物理的に変わる
「子どもの頃ならともかく、大人になってから読書をしても脳は変わらないのでは?」と思うかもしれません。
しかし、脳の可塑性(変化する力)は想像以上です。
元コロンビア反乱軍の兵士など、大人になってから初めて文字を習得した人々を対象にした研究(MRIによる脳スキャン)では、衝撃的な結果が出ました[5]。
文字が読めるようになると、脳の神経細胞(灰白質)の密度が物理的に増加し、さらに左右の脳を結ぶ神経の太いケーブル(白質)が強化されたのです[5]。
読書は、単に「知識が増える」だけではありません。
読書という体験そのものが、脳というハードウェアの「配線」を物理的に強く、太く、作り替えていくトレーニングなのです[4][5]。
読書とは、人類が発明した「脳を改造するための最も身近なテクノロジー」と言えるかもしれません。
第2章:脳は「2つの道」を使って文字を読んでいる
この章からは、特に外国語習得における読書の役割について解説していきます。
まず大前提として、人間の脳がどうやって文字を「意味」に変えているのかを知っておきましょう。
脳の中には、文字を理解するための「2本の道」があると考えられています[6]。
道その1:「暗記済みの単語カード」を瞬時に取り出す道(速い道)
これは、見た瞬間に「あ、この単語だ」とパッと意味が分かる道です。
たとえば、あなたが日本語の「犬」という字を見たとき、いちいち「い」「ぬ」と一文字ずつ読み上げてから「あ、犬のことか」と理解したりはしませんよね。
文字の「形」を見ただけで、意味が一瞬で頭に飛び込んでくるはずです。
これが脳の中の「速い道」で、いわば 文字を「形」でまるごと読み取る道 です[6]。
よく知っている単語のかたまりを、丸ごと「形」として覚えてしまっていて、見た瞬間にパッと意味を取り出せる、いわば「使い込んだ単語カードを瞬時に引き出す」ような道です。
道その2:「一文字ずつ読み上げて確認する」道(遅い道)
一方で、見たことのない単語や、難しい綴りの単語に出会ったときはどうでしょうか。
たとえば英語の "necessary" のような単語を初めて見たとき、頭の中で「ネ・セ・サ・リー…」と一文字ずつ音にしながら確認した経験はありませんか。
これが「遅い道」で、いわば 文字を一つずつ「音」に変換して読み解く道 です[6]。
文字を一つずつ「音」に変換し、それをつなげてようやく意味にたどり着く、いわば「初めて読む漢字を、辞書で部首から確認しながら読み解く」ような道です。
確実だけれども、時間がかかります。
日本語を母語とする人が英語を読むと、なぜ遅いのか
ここで重要な事実があります。英語は「スペル」と「発音」の対応がとても複雑な言語です[6][7]。
たとえば "yacht"(ヨット)のように、見た目と読み方が全然違う単語がたくさんあります。
英語を母国語として育った人の脳は、たくさんの英語を読むうちに自然と「速い道(単語カードを瞬時に引き出す道)」を強く育てています[7]。
ところが、日本語を母国語とする英語学習者の脳は、英語を読むときについ、日本語を読むときの「クセ」を引きずってしまいがちです[7]。
日本語は比較的「読み方」が規則的な言語なので、私たちの脳は「一文字ずつ丁寧に確認する遅い道」を使う習慣がついています。
このクセを英語にもそのまま持ち込んでしまい、英語の文章を読むときも、つい一語ずつ「音」に直し、そこからさらに日本語に翻訳する……という、二度手間・三度手間のプロセスを踏んでしまうのです[7]。
これこそが、「英語を読むのが遅い」「頭の中で訳してしまう」という現象の、脳科学的な正体です。
多読がこの状況を変える
ではどうすれば、英語でも「速い道(単語カードを瞬時に引き出す道)」を育てられるのでしょうか。
答えは「同じ単語・同じ表現に、数多く出会うこと」です[6][8]。
たとえば、何回も同じ顔を見ていれば、いちいち特徴を確認しなくても一瞬で「あ、この人だ」と分かるようになりますよね。
それと同じことが、文字に対しても起こります。たくさんの英文を読む「多読」を通じて、同じ単語のかたまりに何度も出会ううちに、脳は徐々にその単語を「丸ごとの形」として覚え、一文字ずつ確認する遅い道を使わなくても、パッと意味を取り出せるようになっていくのです[6][7][8]。
つまり多読は、英語のための「速い道(単語カードを瞬時に引き出す道)」を、一から育てるトレーニングなのです。
第3章:「日本語を経由するルート」から「英語から直接イメージへ向かうルート」へ
次に、なぜ「繰り返し読む」ことが脳の回路そのものを変えるのか、もう少し詳しく見てみましょう。
脳の中の「けもの道」が「高速道路」に変わる仕組み
脳の中には、無数の「神経細胞」という小さな部品があり、これらが電気信号でお互いに連絡を取り合っています。
ある有名な法則に、「一緒に発火した細胞同士は、結びつきを強める」というものがあります[9]。
これを身近な例で考えてみます。
山の中に、誰も歩いたことのない場所があるとします。
最初に一人がそこを歩くと、草をかき分けながら進む、頼りない「けもの道」ができます。
これが、英単語に初めて出会ったときの脳の状態です。か細く、頼りない神経のつながりしかありません。
ところが、その道を何度も何度も人が通るとどうなるでしょうか。
草は踏み固められ、道はどんどんはっきりとした形になっていきます。
やがて舗装され、車がびゅんびゅん走れる「高速道路」になります。
脳の中でも、まったく同じことが起きています。
多読によって、同じ単語、同じ言い回し、同じ文の組み立て方に何度も出会うと、その都度、関係する神経細胞たちが一緒に活動します。
この「一緒に活動する」という経験が繰り返されるたびに、細胞同士のつながりがどんどん強く、太くなっていきます。
これは「 長期増強 」と呼ばれる、脳の中で実際に観測される現象です[9]。
つながりが太く、強くなった「高速道路」は、わずかな刺激でもすぐに「開通」します。
つまり、単語を見ただけで、意識して頑張らなくても、勝手に意味が浮かんでくるようになるのです。
これが、英語を「自動的に」理解できる状態、いわゆる『英語脳』の正体の一つです。
頭の中の「辞書」の引っ越し──翻訳という遠回りをやめる
ここからは、「単語の意味」がどう脳に保存されているかという話です。
第二言語の学習を説明する有名な理論に、脳の中には「日本語の単語の保管庫」「英語の単語の保管庫」「意味やイメージそのものの保管庫」という3つの引き出しがある、という考え方があります。
これは心理学者のKroll & Stewart(1994)が提唱した「改訂階層モデル」と呼ばれる、バイリンガルの記憶研究の中でもとりわけ有名なモデルです[10]。
学習の初期段階では、英語の単語から「意味の引き出し」へ直接たどり着く道がまだ細いため、いったん日本語の引き出しを経由して、そこから意味にたどり着く、という遠回りをしています。
これが、「英語を読むとき、頭の中で日本語に訳してしまう」という現象の正体です。
しかし、多読を通じて英語にたくさん触れることで、英語の単語から「意味の引き出し」へと向かう道が、直接、太く、短くなっていきます。
これが十分に育つと、わざわざ日本語を経由しなくても、英語を見ただけで意味やイメージが直接浮かんでくるようになります[10]。
これこそが、「英語を英語のまま理解する」状態です。
また、Jiang(2000)が提唱した発達段階モデルでも、「母国語を経由する遠回りグセから抜け出す効果的な方法は、豊かな文脈(ストーリーや状況)の中で単語と出会うことができる『多読』である」とされています[11]。
第4章:「ちょうどいい難しさ」でしか脳は育たない
ここまで多読の効果について説明してきましたが、「とにかくたくさん英語を読めばいい」という訳ではありません。
実は「何を読むか」のレベル選びが非常に重要です。
脳の「容量」には限りがある
人間の脳が一度に処理できる情報量には限りがあります[10]。
これを「容器」にたとえてみましょう。
もしあなたが、知らない単語だらけの難しい英文を読もうとすると、脳という容器は「分からない単語の意味を必死に推測する作業」だけで、ほぼ満杯になってしまいます。
すると、文の組み立て方を覚えたり、新しい単語を自然に身につけたりするための「余裕」が一切なくなってしまうのです[12]。
逆に、すでに知っている単語ばかりの簡単すぎる文章では、新しい発見が少なく、成長にはあまりつながりません。
ちょうどいいバランス:「100語のうち、知らない単語は2語まで」
研究によると、辞書を引かずにストレスなく読み進められ、なおかつ新しい単語も自然に身につく「最も理想的な未知語の割合」は、だいたい50語に1語(つまり全体の98%は知っている単語)だとされています[12]。
これは例えるなら、「友達とおしゃべりしているときに、たまに知らない言葉が一つだけ混ざっている」くらいの感覚です。
話の流れはスラスラ理解できるけれど、たまに「あれ、これどういう意味だろう?」と引っかかる単語が出てくる。
このくらいの絶妙なバランスのときに、脳は最もよく働き、知らなかった単語の意味を「前後の文脈から自然に推測して覚える」という芸当をやってのけるのです[12]。
逆に、知らない単語が10語に1語以上もあるような難しすぎる文章では、脳の容器はパンクしてしまい、推測どころではなくなってしまいます。
「自分で考えて分かった」ことは忘れにくい
さらに興味深いのは、辞書に頼らず、自分の頭で「たぶんこういう意味だろう」と推測したり、物語の続きを読んでいく中で同じ単語に再会して「ああ、やっぱりそういう意味だったんだ」と確認したりする経験そのものが、記憶を強くするということです。
これは心理学で「生成効果」と呼ばれる現象で、Slamecka & Graf(1978)が行った複数の実験すべてで、人から答えを教えてもらうよりも、自分で頭を使って考えてたどり着いた答えのほうが、ずっと記憶に残りやすいことが確認されています[13]。
文脈から意味を推測する行為は、まさに自分で意味を「生成」する作業そのものなので、この効果の恩恵を受けます[13]。
多読は、自分の力で意味を「謎解き」する機会を、物語を通して自然に何度も与えてくれるのです。
だからこそ、多読をするときには、「辞書を引かなくても大体の話が分かる」「知らない単語があっても、ストレスなく読み進められる」レベルの本を選ぶことが、とても重要になります。
第5章:脳波が証明する『英語脳』の存在
ここまでの話は、決して想像や精神論ではありません。
実際に、脳から出る微弱な電気の波(脳波)を測定することで、科学的に確認されています。
「意味の検索にかかる時間」が短くなる
脳に文字や単語を見せたとき、脳が「これはどういう意味だろう」と意味を探しにいく作業に対応して、「N400」と呼ばれる特徴的な脳波の動きが現れることが分かっています[14]。
英語にあまり慣れていない人がこの脳波を測定すると、英語の単語を見たときに、意味を探す作業に時間がかかっている様子がはっきりと現れます。
まるで、巨大な倉庫の奥のほうまで、いちいち探しに行っているような状態です。
一方、多読を重ねて英語に十分に慣れた人がこの脳波を測定すると、英語の単語を見たときの「意味を探す時間」が短くなることが、複数の研究によって示されています[14]。
倉庫の入り口近くに、よく使うものがすぐ取り出せる状態で置かれているようなイメージです。
脳の使い方そのものが「母国語と同じ」に近づく
さらに脳全体の働き方を調べる研究でも、興味深いことが分かっています。
Perani et al.(1998)によるイタリア語と英語のバイリンガルを対象にした研究では、英語の習熟度が低いうちは、英語を聞いているときの脳の活性化が母国語を聞いているときより限定的でしたが、習熟度が高いグループでは、英語と母国語とで脳の活性化パターンがほとんど同じになっていました[15]。
これはつまり、脳がわざわざ「英語専用の特別な翻訳室」を新しく作るのではなく、もともと母国語のために最適化されている、使い慣れた処理工場を、英語の処理にもそのまま使い回せるようになっていく、ということを意味しています[15]。
「日本語を完全に消し去る」わけではない
ただし、ここで誤解してはいけないことがあります。
『英語脳』とは、頭の中から日本語を完全に追い出して、二度と現れないようにすることではありません。
実は、Thierry & Wu(2007)が中国語と英語のバイリンガルを対象に行ったある実験では、本人が「母国語に訳している」とまったく意識していない場面でも、脳波を測定すると、無意識のレベルで母語がうっすらと反応していることが分かりました[16]。
英語の単語を見るたびに、気づかないところで母国語の単語も一緒に活動していた、というわけです。
つまり『英語脳』の正体とは、母国語(日本人の場合は日本語)を脳から消し去ることではなく、 英語から意味への道のスピードを、母国語を介する道よりも圧倒的に速くすること なのです。
母国語という案内板自体は脳の中に残り続けますが、英語のための高速道路があまりにも速く整備されているため、わざわざ母国語の案内板を読みにいく前に、英語のまま理解が完了してしまう、というイメージです。
まとめ:読書は「脳を作り替えるトレーニング」である
ここまでの内容を、簡単に振り返ってみましょう。
英語を読むとき、私たちの脳には「単語カードを瞬時に引き出す速い道」と「一文字ずつ確認する遅い道」の2つのルートがあります[6]。
日本語を母国語とする学習者は、最初はどうしても英語に対して「遅い道」を使いがちです。
しかし、この「一文字ずつ音にする」という作業そのものが脳を鍛える筋トレとなり、多読によって同じ表現に何度も出会うことで、脳の中の「けもの道」が「高速道路」へと作り替えられ、徐々に「速い道」が育っていきます[6][9]。
そしてこの変化は、「知っている単語が100語中98語くらい」という、ちょうどいい難しさの本を読み続けたときに、もっとも効率よく起こります[12]。
最終的に多読が目指すのは、日本語を頭の中から消し去ることではありません。
英語から意味へ向かう道を、日本語を経由する道よりもずっと速くすること(Kroll & Stewartの改訂階層モデルが示す「概念媒介」の状態)です[10]。
これが脳科学的に見た『英語脳』の正体です。
そしてこの脳の変化は、決して特別な才能がある人だけに起こる魔法ではありません。
自分のレベルに合った、辞書を引かなくても楽しく読める本を選び、物語の世界に浸りながら大量の英語に触れ続けること——それこそが、脳を作り替える、もっとも確実な方法なのです。
今日から、机の上に難しい単語帳だけでなく、自分が「楽しい」と思える1冊の英語の本を置いてみてはいかがでしょうか。
その1ページ1ページが、あなたの脳の中に新しい「高速道路」を一本ずつ作っていくのです。
参考文献
[1] Stanislas Dehaene & Laurent Cohen (2007): 『Cultural Recycling of Cortical Maps』, Neuron
[2] Stanislas Dehaene (2009年 / 邦訳: 2010年): 『文字を読む脳』, 紀伊國屋書店, ISBN: 978-4314010689
[3] Maryanne Wolf (2007年 / 邦訳: 2008年): 『プルーストとイカ:読書は脳をどのように変えるのか』, インターシフト, ISBN: 978-4772695138
[4] Stanislas Dehaene, et al. (2010): 『How Learning to Read Changes the Cortical Networks for Vision and Language』, Science
[5] Manuel Carreiras, et al. (2009): 『An anatomical signature for literacy』, Nature
[6] Literacy: Dual-route model of reading - Lectoescritura
[7] Neuroimaging reveals dual routes to reading in simultaneous and sequential bilinguals - PMC, NIH
[8] Language proficiency modulates L2 orthographic learning mechanism: Evidence from event-related brain potentials in overt naming - Cambridge University Press
[9] Neuroplasticity in the SLA Classroom: Connecting Brain Research and Language Teaching - JALT Publications
[10] Category interference in translation and picture naming: Evidence for asymmetric connections between bilingual memory representations - Kroll, J. F., & Stewart, E. (1994), Journal of Memory and Language
[11] Lexical representation and development in a second language - Jiang, N. (2000), Applied Linguistics
[12] February | 2025 | The Language Gym
[13] The generation effect: Delineation of a phenomenon - Slamecka, N. J., & Graf, P. (1978), Journal of Experimental Psychology: Human Learning and Memory
[14] The impact of language proficiency on the time course and neural basis of L2 semantic access in bilinguals - Liang, L., & Chen, B. (2020), International Journal of Bilingualism
[15] The bilingual brain: Proficiency and age of acquisition of the second language - Perani, D., et al. (1998), Brain
[16] Brain potentials reveal unconscious translation during foreign-language comprehension - Thierry, G., & Wu, Y. J. (2007), PNAS